第6話 自分にできること

WEB小説

 翌日のことだった。

 俺が目を覚ますと隣では多慈美がまだ眠っていた。どうやらまだ寝ているようだ。そんな多慈美を見ているとふと昨日のことが頭をよぎった。

 昨日俺はゴブリンに全く歯が立たなかったのである。

 一人で倒したのは不意打ちに過ぎない。

 他は全て多慈美の援護があってこそである。

(このままではいけない……)

 そんな思いが頭の中を駆け巡った。

(とにかく何か行動を起こさなければ!)

 そう思い立ち上がると外に出た。

 最初に目に入ったのは物置だった。そこで使えそうなものを探すことにしたのだ。

(とは言っても何を探せばいいんだろう……)

 とりあえず目に付いたものを片っ端から手に取ってみることにしてみた。するとそこには大量のガラクタがあったのだが、その中に一つだけ気になるものがあった。それは古びた木箱だった。よく見ると蓋が開いており、中身がなくなっていた。おそらくこの箱に入っていたものが無くなっているのだろうと思ったものの、肝心の何が入っていたのかがわからないため、探しようがないと思っていた矢先だった。突然後ろから声をかけられた。振り返るとそこには多慈美が立っていた。どうやら起こしてしまったらしい。

 そして彼女は言った。

「おはよう、今日は早いわね」

 それに対し俺も挨拶を返す。すると彼女は言った。

「ねぇ、どうしたの?こんな朝早くから……」

 どうやら彼女は俺の行動が気になったようだ。

「なんでもないよ、ちょっと散歩してただけ」

 多慈美に隠れてトレーニングをしようと考えていたとは言えず、室内に戻ることにした。

 今日の朝食は俺が作ることになったいた。メニューはパンとスープのみだったが、それなりに美味しかったと思う。食べ終えた後は片付けを済ませて家を出た。行き先はもちろんギルドである。

 今日も相変わらず人が多いなと思いながら周囲を見渡すと、いつもの受付嬢は、お決まりの机にはいなかった。あたりを見渡すと、ギルドの入口付近に受付嬢の姿を見つけたので改めて受付嬢の元へ向かうことにした。

「こんにちは」

 声をかけると彼女は笑顔で出迎えてくれた。

 早速本題に入る。

 今日はスチームロコの教習である。

「まずは初心者講習ですね。2階にある講習室でお待ちしておりますので、そちらにお越しください」

 そう言うと受付嬢は奥の扉を指差した。

 2階に上がるといくつかの部屋があり、その内の1つに入ると、中には先客が一人座っていた。

 見た目的に同い年くらいの女性だった。

 彼女はこちらに気づくと軽く会釈した。俺もそれに応じると適当な席に着いた。

(それにしてもやけに静かだな……他の参加者はいないんだろうか……)

 そんなことを考えていると扉が開き、一人の男性が入って来た。

 年齢は30代後半といったところだろうか?身なりのいい格好をした細身の男だった。彼は部屋に入ってくるなり言った。

「やぁ、待たせてしまってすまないね……私はライオット・アリオンという者だ……今回の講師を務めさせてもらうことになったものだ……」

(ん?どこかで聞いたことがあるような名前だな……)

 そんなことを考えていると男は続けた。

「さて、それではさっそく始めようか……まずは基本的なことから説明していこう……」

 そう言うと黒板のようなものを取り出し、そこに図を描き始めた。

 まず初めに説明されたのは魔法についてだった。この世界には大きく分けて2つの魔法があるという。①つ目は自然界に存在する魔力を利用して発動する魔法であり、2つ目は道具や武器などに付与された術式によって発動する魔法だという。そしてこれらの魔法は大きく2つに分けられるのだそうだ。

 1つ目は使用者の体内に宿る魔力を消費して使用する魔法である。これは主に攻撃魔法に使用されるもので、火属性の魔法などがこれに該当するのだという。一方で2つ目の魔法は装備者の身体能力を向上させる補助的な役割を持つものが多く、こちらは身体強化と呼ばれるのだという。他にも回復系などの特殊魔法も存在するが、ここでは割愛するということだった。

「もっとも、スチームロコ教習を受けに来た君たちは既に知っている事かもしれないがね……」

 俺は多慈美から魔法について詳しい説明を受けておらず、少なからず為になる内容だった。

「スチームロコは、その名の通り蒸気で動く移動用機械全般を指す……一人乗りの物から家族で乗れる四人乗りまで様々だ……」

 そう言って今度は絵を描いてくれた。

(なるほど……馬が曳かない馬車みたいなものか……)

 俺は頭の中でイメージする。

 (これなら俺でも運転できそうだな)

 そんなことを思っているとライオットが言った。

「それじゃあ実際に乗ってみようか?」

(え!?もう乗るの?)

 突然のことに驚きながらも彼に付いて行くことにした。

 向かった先はギルドの裏手にある車庫のような場所だった。中に入ると一台の大きな乗り物が置かれていた。中にはには大きなハンドルのようなものが付いていた。

 多慈美以外のスチームロコをじっくり見るのは初めてだった。そのためついまじまじと眺めてしまう。すると背後から声かけられる。振り向くとそこには先程の男が立っていた。

 彼は続けて言う。

「さぁ、乗ってみてくれたまえ……」

 そう言われたので恐る恐る座席に座る。しかし、どこもかしこもツルツルしているせいか、座り心地が悪い上に、少しお尻が痛かった。

 そんな俺を他所に運転席に乗り込んだ彼が言った。

「ではエンジンをかけるとしよう……」

 すると車体側面から白煙が上がり始めた。

「前にあるのが左右へ移動するためのハンドル、右手のあたりに3本のレバーがあると思うが、左がブレーキ、真ん中がスロットル、右が排気レバーだ……」

「まずは左のブレーキレバーをゆっくりと前に戻すんだ……」

 言われたとおりにする。すると車はゆっくりと走り出した。

「ブレーキもスロットルも、一番奥が弱い状態だ……ブレーキが効かなければスロットルは一番奥にあってもスチームロコは走り出す……」

「次はスロットルを少しずつ手前に動かすんだ……」

 言われた通りにレバーを動かすと徐々に速度が上がる。

 はるか向こうに見えた街の防護壁が向かってくる。直線も終わりが近づいてくる。

「道に沿ってハンドルを動かすんだ……」

 言われた通りに道の続く方向――右へとハンドルをきる。

 滑らかに回るハンドルは心地よく、石畳の大通りを走っていく。

「順調だね……次の交差点で止まって見るんだ……スロットルを緩めてからブレーキを手前に引いていくんだ……」

 目的の交差点が近づいてきたのでスロットルを緩め、徐々にブレーキを引く。

 スチームロコは金属音を立てながら速度を落としていく。

「止まることが出来たようだな……基本的な操作はこれだけだ……ギルドに戻るぞ……」

 ライオットに言われた通りに道を戻りギルドにたどり着く。

「最後に、言ってなかったが……排気レバーはエンジンを止めてから奥まで全開にするんだ……排気レバーを開けないと貯まった蒸気で配管が破裂したり……空気で冷えた蒸気が水となり配管内に溜まってしまうんだ……今日はエンジンを止めなくて良いからそのままにするんだ……」

 俺は初めてのスチームロコの運転を終え、講習室へと戻る。

 一緒に講義を受けていた女性が呼ばれて俺の横をすれ違う。

 すると突然声をかけられた。

「あの、スチームロコの運転どうでした?」

(いきなり話しかけてこないで欲しいな……)そう思ったものの、無視するのも気が引けたため、素直に答えることにした。

「あまり上手くできなかったよ……」

 すると彼女は言った。

「そうなんですね!私も今日が初めてだったので不安だったんです!」

 彼女は続ける。

「私の名前はルミナと言います!よろしくお願いします!」

(なんだ?急に馴れ馴れしくなったな……まぁいいか)

 そう思ったのも束の間

「あ、早く行かないと置いて行かれちゃうんで失礼しますね」

 そう言うとそそくさと行ってしまった。

 彼女の名前はルミナと言うらしい。

 年齢は俺と同い年くらいだろうか? 服装を見る限りだと冒険者のようだが、今まで見たことがなかったため気になったが、詮索するのはやめておくことにした。

 そんなことを考えていると部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは多慈美だった。

「どうだった? スチームロコの講習は?」

「どうだったもなにも、初めて乗るんだからわからないことだらけ。速度の調整も右左の方向転換も難しかったさ」

 多慈美はあんなにも簡単そうに運転していたのに、実際にはハンドル、いくつものレバーと操作がとても難しかった。

 俺は両手を肩の辺りまで上げ、文字通りお手上げというポーズをする。

「あら? 私が初めて乗ったときは一切動かなかったわよ。ねぇ?」

 そう言って多慈美は後ろから来たライオットに問いかける。

「えぇ……多慈美さんは初回に全ての蒸気を抜いてしまい大変でした。」

「それでも運転できてるからアキツグだってすぐに上手くなるわよ。」

「説明していませんでしたが……スチームロコにはステータスカードのようなライセンスはありません……」

(え、そうなの?)

 俺はこの講習の意味について疑問に思ったが、

「講習はあくまで基本操作を覚えるためにある……基本操作も出来ずに人にぶつかっても困るからな……」

「この街ではスチームロコを創れるのはライオットだけだから、ライオットが認めた人じゃないとスチームロコにも乗れないんだけどね」

 どうやら講習で見込みがあると思われないと買うことすらできないようだ。

「アキツグはどうだった?」

「初回としては……とても上手だったな……センスもあるから今後の伸びしろに期待だ……」

 ライオットの言葉を聞いて、安堵に似た喜びと多慈美の前で褒められたことへの気恥ずかしさを感じていた。

「良かったじゃない! もしかしてアキツグのスチームロコも創ってくれたりする?」

 多慈美は躊躇なくライオットにスチームロコ製造の依頼をすると、ライオットはため息をついて答える。

「以前話たが……スチームロコは本来であれば黒金貨数枚は必要な高級品だ……」

 (え、これそんなに高いの!?)

「以前は多慈美さんにダンジョンまでの移動用として……試作を兼ねて無料で創ったが……何度も無料では創ることはできない……それに……」

 ライオットは俺の方を見ると予想だにしない言葉を述べた。

「――君は自分でスチームロコを創れる……」

「え、それってどういう……」

 俺は言葉の意味が分からずライオットに聞き返す。

「そのままの意味だ……君はスチームロコを創れる……」

 ライオットは俺がスチームロコを創れると考えているらしい、どうやら聞き間違いではないようだ。

「そんなことを言われても、俺は今日初めて運転して、原理も仕組みも教わってないのに――」

「原理や仕組みを教えたところで、誰もができるわけではない……それに原理を知らずとも出来ることだってある……」

 俺は多慈美から教わった戦い方と実戦とのギャップがあったことを思い出ていた。

 ライオットの言う通り、戦闘に関しては多慈美から散々原理を教わってきたが、自分の中で成長している実感はなかった。

「君は運転中に不満を感じただろう……ここを変えたいと思っただろう……それがスチームロコを創るための第一歩だ……」

 講習中に乗ったスチームロコについて思うところがあったのは確かだ。

「――ならまずはどうすれば良い?」

 少しでも多慈美の役に立ちたくて、初めて人から褒められて、自分が輝けるかもしれない、適職かもしれない仕事が目の前にある。

 考える間もなく俺はライオットに尋ねていた。

「簡単なことさ……」

 一呼吸おいてライオットは答える。

「多慈美のスチームロコを分解して組み直すんだ……」

 その発言を聞いた多慈美の顔はわずかに引きつっているようにも見えた。

 ギルドから多慈美の家に帰ると、俺は早速多慈美のスチームロコを分解することにした。

 多慈美も最初は拒んでいたが、ライオットから譲り受けてから一切の整備をしていなかったそうで、俺の経験値を向上させるのにも合わせて好都合だったことから、とライオットが説得してくれたことで、渋々承諾してくれた。

 まずは多慈美の家の玄関先、石畳の空間へスチームロコを移動させる。

 今日必要な物は沼地のモンスターを倒したらドロップする『ぬめぬめした液体』と俺が装備する『メガネレンチ』の2つ。

 ぬめぬめした液体は帰る途中でザッカーズで仕入れている。

「消耗品や壊れた部品はライオットが修理してくれるのよね?」

 準備をしつつ多慈美が聞いてくる。

「そういう事になってるけど、思い当たることでもあるのか?」

 どこかスチームロコに不調があるのではないかと不安になり多慈美へ尋ねる。

「いや、何でもないわ! どこにも問題ない完全体よ!」

 (完全体ってなんだよ……)

 と心の中でツッコミを入れつつライオットに教わった箇所を分解していく。

 分解するのは後部座席の下にある駆動系のユニットだ。

 後部座席はメガネレンチで取り外しができるように造られているそうだが、メガネレンチをどこに入れるかがわからない。

「何か手伝うことある?」

 外から多慈美の声が聞こえるがこちらは返事ができる状態ではない。

 運転席のドアから上半身を半分車内にいれ、メガネレンチでアクセスできる場所を手探りで探していると、角のついた部材が飛び出ているのが分かった。

 探り当てた部材に試しにメガネレンチを合わせてみると――なんとピッタリハマるではないか!

 メガネレンチが外れないように注意しつつ回していくが途中でメガネレンチが後部座席と干渉してしまう。

 メガネレンチを突起から外すと角度を変えて再度突起へとハメる。

 メガネレンチを回し、外し、はめ込みといった一連の作業を何度か行っていると、メガネレンチで回していた部材が外れたのが分かった。

 車内の俺の目の前に落ちたその部材は六角形をした厚みのある板に螺旋状の棒が生えた形状をしていた。

 俺はこの部材が『六角ボルト』であることを無意識に把握していた。

 同様に後部座席の下部にある残りの六角ボルトを外していく。

 6本外し後部座席を手で押すと、大きく揺れるのが分かる、どうやら固定に使われていた六角ボルトは全て外れたようだ。

 やっとの思いで荷物置き場としてしか使われていない後部座席を取り外すと、目的のユニットがその姿を現した。

 後部の左右の車輪が一本の軸で結ばれ、軸の中央部には軸より数倍太い溝のついた円盤が備わっていた。円盤外周にはホコリで汚れたベルトが半周巻かれており、スチームロコの前側へと伸びている。ライオットの説明では、フロントに載せたエンジンから動力を伝達するためのベルトらしい。

 一旦体制を整えるために車外へ出る。

「どうだった?」

 興味津々といったように多慈美が俺に問いかけてくる。

「とりあえず分解だけできたよ」

「じゃあ見ても大丈夫?」

 多慈美はそう言うと俺の返事も待たずに車内に上半身をねじ込んだ。

「なにこれ、物凄く汚いじゃない! どんな使い方したらこんなに汚れるのよ!」

 汚くしたのは多慈美だと思ったが何も言わないことにした。

 しばらく外で休んでいたが多慈美が一向に出てこない。

 自分のスチームロコが分解されているのがよっぽど珍しいのだろう。

 しかし多慈美が上半身を車内に入れたままでは作業ができないので心苦しいが声をかける。

「そろそろ作業したいんだけど……」

「うーん、出ようとしてるんだけど身体が抜けなくて」

 見ると多慈美の身体は前の座席と車体に挟まれた形となっていた。

 抜け出すためには一度上に身体を移動しなければならないが、車体に挟まれた四つん這いに近い体勢となっているため抜けなくなったようだ。

「仕方ないなぁ……痛かったら言ってくれ」

 どれだけ挟まれているかわからない。

 先に宣言をし、俺は多慈美の脇から両手回した。

 多慈美を背後から抱きかかえるような状態となる。

「ひっ……」

 悲鳴とも聞こえる声が多慈美から上がる。

「大丈夫か?」

「いいから早くしなさい! バカ!」

 いつもに増して怒られている気がするが、力を込めて多慈美を持ち上げる。

 多慈美を車体から出して地面へと寝かせると、即座に立ち上がり目に見えぬ速さで足払いをされ、その場で倒れてしまった。

 多慈美を見ると顔を真っ赤にして震えていた。

「覚えてなさい! このラッキースケベ!」

 そう言い残すと多慈美は家に戻っていってしまった。

 乱雑に閉められた扉の音が家の前で木霊する。

 寂しい気持ちになるが、目の前の仕事を終わらせなければならなかった。

 ベルトと円盤の汚れを水で落としていく。

 エンジンに繋がる前側のベルトは、エンジンを動かすと回転により出てくるが、その速度は早く、タイミングよく止めることは不可能である。

 そのため蒸気の力で動くエンジンを人力で回転させることで、ベルトの見えなかった部分も洗うことが可能になるのだ。

 多慈美のスチームロコの前にある穴から、整備用の棒を差し込み回すと運転席越しにベルトが移動しているのが見え――なかった。

 それどころかエンジン部に挿し込んだ棒も回らない。

 故障かもしれないがそのためにはエンジンを動かさなくてはならない。

 俺はベルト全体のの洗浄を諦め、『ぬめぬめした液体』をベルトとベルトがつながる円盤へと塗っていく。

 取り外しの作業と異なり、液体を塗る作業はすぐに終わった。

 円盤全体とベルトの見えている部分に塗り終えエンジンの故障確認のために多慈美を呼びに行く。

「おーい。多慈美、エンジン確認したいんだけど」

 問いかけても多慈美からの返事はない。

 俺は動作確認を諦めて後部座席を戻していく。

 取り付け場所が分かった後の後部座席を戻す作業は、取り外しよりも簡単であった。

 後部座席を元の位置に戻しメガネレンチで六角ボルトを締める。

 取り外しにかかった時間の半分未満で終了した。

 日が暮れ、やることもなかった俺は片付けを終わらせ家へ戻る。

 食卓には料理と1枚のメモが置かれていた。

『お疲れ様、私が整備サボってたから大変だったでしょ。ご飯用意しておいたので食べてください』

 俺は多慈美の好意に感謝し一人で食卓に座る。

 多慈美の作ってくれた手料理、不揃いな肉の切り方がどこか懐かしく思えた。

 アキツグの冒険者生活六日目はこうして幕を下ろした――

 

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