第2話 ステータスオープン

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 翌日、目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。

「そうか……昨日からここに住んでいるんだったな……」

 寝ぼけ眼をこすりながらベッドから降りるとカーテンを開ける。

 窓の外では太陽が昇り始め、街を明るく照らし始めていた。

 過去の記憶が無いせいか、異世界に来たという表現がよく似合っていたが、あまり驚きはなかった。ただ自分の置かれた状況を受け止めることだけで精一杯だったのである。

 そんなことを考えていると扉をノックする音が聞こえた。

 扉を開けるとそこには古川多慈美が立っていた。

 手にはお盆を持っている。朝食を持ってきてくれたようだ。

「おはよう、朝ごはん持ってきたわよ」

 テーブルの上にお皿を並べると椅子へ座るよう促す。

 トースト、ベーコンエッグ、コーヒーというシンプルなものだったが、湯気と匂いが空腹感を刺激する。

「いただきます」

 2人で合掌すると食べ始める。

 食パンは少し固く、目玉焼きも黄身が固まっていた。

 それでも十分美味しいと言える代物であった。

 食事を終えると片付けを始めた古川多慈美に対して手伝うことを申し出ると彼女は快く受け入れてくれた。

 洗い物を終え一息つくと、早速出かける準備をする。

 といっても持っていくものは何もないため、俺は玄関で待機しようとしていた。

「あ、ちょっとまってて」

 そう言って彼女は外の物置を漁ると、いくつか物を持ってきた。

「これ、昔からあるやつだけど、今からギルド行くから装備しておいて」

 そう言って床に置かれたのは古びた防具とヒノキの棒だった。

「今日は四輪自動車は使わないんですか?」

 俺は昨日乗った機械について尋ねる。

「四輪自動車? スチームロコのことね。今日は遠くまで行かないから使わないわ、ギルド前は人通りも多いし止めるところないのよ」

 俺は一通りの防具の装備方法を手取り足取り教わり、素手より多少ましのヒノキの棒を手に出発する。

 四輪自動車――もといスチームロコに乗れないのが心残りであった。

 二人が向かった先はギルドと呼ばれる施設だった。

 建物は二階建てで、一階部分が受付、二階部分が酒場になっている。

「ここで依頼の受注を受けたりできるわ。まずは登録のために受付に行くわよ!」

 多慈美は俺の手を引くと二人で受付に並んだ。

 受付には数人の列が出来ていたが、回転が早いのかそこまで待たずに順番が来た。

 受付嬢は20代後半くらいの女性で、黒髪ロングヘア―が良く似合う美人だった。

 受付の前に来ると受付嬢は古川多慈美に話しかける。

「おはようございます多慈美さん、こちらの方は新しく登録される方ですか?」

「そうです、今日からお世話になります」

 俺はお辞儀をする。

「わかりました、それではこちらの書類に目を通して記載をお願いいたします。」

 受付嬢は一枚の羊皮紙を手渡してきた。

 内容は氏名・年齢・性別などの個人情報から始まり、使用する武器や得意とする戦闘スタイルといった基本的な項目が並んでいた。記入欄はすべて埋めたが最後の一文に目が留まった。

「パーティーを組んでいる場合はリーダーの名前もお願いします。リーダーは多慈美さんですかね?」

「――え? いや、組んでないですよ」

 思わず動揺してしまったが嘘ではない。

「そうでしたか、それではご説明いたしますね」

 どうやら個人でもパーティを組んでも依頼を受注でき、その人数によって報酬額が変わるらしく、一人当たりの報酬は減るが、個人で受注するよりもパーティで受注した方が総報酬は多くなるようだ。

 また依頼内容によっては複数の個人や複数パーティで受注もでき、即席の軍団を組むことも可能である。

 つまり一人でもこなせる内容であれば一人でも問題はなく、むしろ効率的だという認識のようだ。ただし、難易度の高い依頼を受けるためには最低でも3人以上必要となるらしい。

 そのためソロで活動する冒険者はごく少数で、大抵はバランスを考慮した共に行動を共にするパーティが組まれることが一般的とのこと。

 また一日あたりの報酬額は最低ランクのEから最高ランクのSまであり、依頼を達成するごとに加算されていくシステムで、自分と同じランクの依頼しか受けられないようだ。

 報酬はEランクの場合だと一日に銀貨5枚、500Gになるらしい。

 Cランクになると金貨1枚となり、Bになると白金貨1枚、Aになると黒金貨1枚となっている。

 冒険者のランクもSランクのさらに上の『SSランク』が存在するようだが、現時点で到達している人物は一人もいないそうだ。

 このランクを上げるためには自分と同一ランクの依頼を一定数達成する必要があるのだが、中にはそれをせずに不正にランクを上げようとする者もいるようで、そういった者は実力不足により失敗することが多いのだという。

 とはいえ不正が発覚した場合にはペナルティが発生するらしく、最悪の場合ライセンス剥奪もありえるそうだ。

 命を落とす確率の方が高いためライセンスの剥奪となるのは稀だ、と受付嬢は笑っていたが俺は全く笑えなかった。

「リーダーは自分自身の名前を書いていいただいても大丈夫ですがいかがいたしましょう。」

 パーティの変更はいつでも可能ですよ、と受付嬢は笑顔で付け加える。

「それじゃあ、とりあえず、リーダーは『古川多慈美』でお願いします。」

「かしこまりました」

 満面の笑みを浮かべる受付嬢に、必要事項を記載した書類とステータスカードを渡す。

 一通りの説明を受けた俺は隣で不服そうにする古川多慈美と一緒に受付を後にした。

「この後俺は講習を受けるんですが、多慈美さんはどうされますか」

「――そろそろ」

「……え?」

「そろそろ敬語じゃなくてもいいんじゃない?」

 古川多慈美が唐突に文句を言う。

 困惑する俺をよそに古川多慈美は続ける。

「せっかく一緒に住んで、同じパーティなんだから敬語じゃなくても良いでしょ!」

 なるほど、不機嫌だったのはそういうことだったんだなと納得する。

「わかった、じゃあ敬語はつかわない。多慈美さんはこの後どうする?」

「『多慈美さん』じゃなくて『多慈美』って呼んで!」

「わかった。わかった」

 不満げな多慈美をなだめつつ、俺は講習を受けるために移動する。

 多慈美はその間、街で買い物をすることとなった。

 その後は簡単な講習を受け、晴れて『冒険者』となったのだった。

 ステータスカードの更新まで時間があることから、二階の酒場内にある掲示板の前で貼り出されている依頼書を確認する。

 掲示板にはEからBまでの様々なランクの依頼書が貼られていた。

 スライム討伐に薬草探し、アイテムの売買からペットの捜索まで、多種多様な依頼書が並んでいた。

 依頼書を眺めていると多慈美が戻ってきた。

「講習は無事に終わったのね」

「座学で聞いてるだけだったからな」

「せっかく講習も終わったことだし何か受注してみましょう」

 両手を軽くパンッと叩くと多慈美は依頼書を探し始めた。

「何から受注するとか。おすすめは――」

「これなんてどうかしら!」

 俺が依頼書探しを行う前に多慈美はどこからか手ごろな依頼書を探し出し、右手で俺に差し出した。

 受け取り内容を確認する。

「なになに……『ゴブリン討伐、対象2体、群れから逸れたゴブリンが畑を荒らしてる、お願い冒険者さん、私たちの畑を守って』?」

「まるで便利屋とかなんでも屋の仕事じゃないか、俺たち冒険者の仕事じゃないんじゃないか?」

「大丈夫よ『Eランクの依頼』なら、無資格で登録するだけで受けられるわ。それにゴブリンは下級モンスターだからアキツグ君の戦闘能力がどれくらいかを試すにはうってつけよ」

「それに――」

 多慈美はカバンからモンスター図鑑を取り出すと、ゴブリンのページを開いて俺に見せる。

「運が良ければゴブリンから『魔晶石』が取れるのよ、私たちで使えなくても高く売れるからやってみる価値はあるわ!」

 目を輝かせて多慈美は力説した。

「マショウセキ?」

 何か分からず片言口調で聞き返すと、知識があるのやら無いのやら、と多慈美は顔を左右に振りながら説明を始めた。

 この世界に存在するすべての生物が体内に魔力を有している。しかし、魔術を使える人間は非常に少ない、魔力を魔術に変換するには相性とそれなりの訓練が必要であるためだ。

 しかし時代が進み一部の人しか使えなかった魔術を、万人が使えるようになる画期的なアイテムが見つかった。

 そこで登場するのが魔晶石と呼ばれる、結晶のような硬く脆い物質である。

 魔晶石はモンスターを倒した際に手に入る素材で、主に魔道具の作成に使われたり武具の材料として、砕いて粉末状にすることで大気中の魔素を吸収して蓄積することができる。

 ちなみにモンスターの体内で生成される魔晶石を『魔物の核』と呼び、それ以外のものを『魔結晶』と呼ぶらしい。

 魔晶石の他にもまた、モンスターの素材の中には薬を作るための素材も存在するため需要は高く、素材を売ることで収入を得ることもできるそうだ。

 俺は初の依頼がモンスター討伐であることに不安を感じながらも、多慈美の圧力に屈し、依頼を受注することにした。

 ギルドの受付で更新されたステータスカードの受け取りと依頼の受注をお願いする。

 俺が今持っているスキルは――何もなかった。

 (俺のステータス構成はこんな感じだな)

 ============

 名前:アキツグ

 種族:人族

 年齢:22歳

 ランク:E

 職業:なし

 Lv:1

 HP:10/10

 MP:30/30

 STR(筋力):12

 VIT(耐久力):10

 AGI(敏捷度):11

 DEX(器用度):9

 MAG(魔力):2

 LUC(幸運度):20

 CHA(カリスマ度):6

 メイン武器:ひのきの棒

 サブ武器:なし

 頭 :鋼の兜

 胴 :皮の胸当て

 腕 :皮の手甲

 足 :皮のブーツ

 装飾:なし

 所持金:0G

 ============

 改めてステータスカードをよく見ると、レベル1とHPの低さが目についた。

「なぁ多慈美、レベルとステータスって上がるのか?」

 自らのステータスを不安に思い恐る恐る多慈美に聞くと、

「私もいまいち原理とか詳しいところは分からないんだけどね――」

 と前置きを挟みながら教えてくれた。

 どうやらモンスターを倒すことでレベルが上がる仕組みについてはまだ解明されていないらしいが、倒した相手の強さに応じて上昇するステータスが増えることは確認されているらしい。

 そして、レベルが上がることでスキルを覚えることがあるらしく、スキルを覚える条件は分かっていないそうだが、戦闘経験を重ねることで自然と覚える場合もあるという。

 多慈美は戦闘経験を積んだことで、いつの間にか風属性の魔術と剣技を習得していたそうだ。

 古川多慈美から借りた装備一式を整えた後、俺たちは街の外へ出ていた。

 街を出て少し歩いた先に広がる草原地帯にはゴブリンと呼ばれるモンスターが出現するらしい、が今回向かうのは草原地帯までの途中にある田畑が広がる一帯だ。

 職業の適性も分からない俺は彼女のサポートとして同行することになった。

 彼女が持つ剣と盾が擦れ合う金属音が心地良い。

 しばらく歩くと前方に緑色の肌をした人型の生き物を発見した。

 あれがゴブリンなのだろう。

 彼女は腰に携えた剣を鞘から抜くと両手で構えながら近づいていく。

 ある程度近づいたところで彼女は立ち止まりこちらを向くと、手振りで合図を送ってくる。

 どうやらここで待機しろということらしい。

 俺はその場にしゃがみ込むと、側にある乾いた用水路に身を隠した。

 彼女の様子を窺うために顔だけをそっと出してみる。

 彼女は腰を低くし身を隠すようにしながらゆっくりと進んでいく。

 ゴブリンまでの距離はおよそ三〇メートル程だろうか。

 彼女は慎重に距離を詰めていく。

 一〇メートルほどまで近づくと突然動き出し、一気に駆け出すと勢いよく飛びかかった。

 だが、ゴブリンもそれに気づき持っていた棍棒で迎え撃つ。

 互いの攻撃がぶつかり合うが、体格の差か古川多慈美が弾き飛ばされた。

 地面に転がった彼女にゴブリンが追撃を仕掛ける。

「危ない!」

 思わず叫んでしまったが時すでに遅し。

 ゴブリンの一撃が直撃する寸前、彼女は咄嵯に転がり攻撃をかわす。

 体勢を立て直し立ち上がると再び攻撃を仕掛ける。

 俺はその様子を見守っていた。

「大丈夫かな……」

 心配する気持ちもあるが、それよりも彼女が戦う姿に見惚れていた。

 俺も何かできることがあればいいんだが――

 そう思った矢先、彼女はゴブリンを斬りつけた。

 斬られたゴブリンは悲鳴のような声をあげると仰向けに倒れ込んだ。

 どうやら倒せたようだ。

「お疲れ様、怪我はない?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 彼女は笑顔で答えると、ゴブリンが落とした魔結晶を回収し始める。

「それは?」

「これが魔結晶よ。一体目で出てくるなんて運が良いわね!」

 あれだけ激しい闘いをしたというのに、多慈美は上機嫌だった。

 魔結晶は大きさによって価値が変わる。

 小さいものだと銅貨数枚程度で売れるらしい。

 大きいものになると金貨1~3枚で取引されることもあるようだ。

 ちなみに今回討伐したのはゴブリンの中でも最小サイズのもの、一番小さな魔結晶は銀貨5枚にしかならない。

 それでも生活するには十分な金額であった。

 多慈美は魔結晶を拾うと背負い袋にしまう。

 もう一体のゴブリンを探すため再び歩く最中、俺はふと疑問に思い聞いてみた。

「多慈美はダンジョンに行ったりするの?」

「当然じゃない、冒険者だもの。」

 胸を張り自信満々に答える多慈美であったが、俺には疑問が尽きなかった。

 なぜわざわざ危険なダンジョンに潜るのかと。

「どうしてそんなことを聞くの?」

「いや、なんとなく」

「そうね……、やっぱりお金かしら」

 日々を生きるためにお金を稼がないといけないからね、と多慈美はウィンクをしながら答える。

「それだけじゃないの、私はね、冒険者として生きていきたいの」

「――え?」

「この世界にはね、まだまだたくさんの未発見の遺跡が眠っていると言われている。その中には金銀財宝や貴重なアイテムが眠っていて、それを手に入れれば一生遊んで暮らせるくらいの大金持ちになれるって言われてる」

「でも、ほとんどの冒険者はそのチャンスを逃してしまうの」何故なら――

 まず第一に遺跡を発見することが困難である。そもそもどこに存在しているかもわからないのだから。

 第二に、その難易度の高さだ。

 例えば、冒険者ギルドで推奨されているランクはEからSSまでの七段階。

 しかし、Sランクに到達するにはSランクの冒険者からの推薦が必要となる。

 Sランクへの昇格はそう簡単にはいかないのだ。

 そして第三に、仮に発見したとしても持ち運びが困難なのだ。

 いくら大きな荷物を背負っていても、そこに存在するのはたかが知れており、持ち帰るのにも限界がある。

 さらに言えば、持ち帰ったはいいものの、それを売却できる場所が近くになければ結局は無駄になってしまうのだ。

 これらの理由により、多くの冒険者が夢半ばにして諦め、挫折してしまうのだという。

「つまり、多慈美は冒険者として大成したいと考えているわけだ」

「まあ、そういうことになるのかな? 私だっていつかはSランク冒険者に……なんて、ちょっと大げさかもだけどね」

 照れたような表情を浮かべながらもどこか自信あり気に語る彼女。

 その姿は眩しく見えた。

「あっ……」

 隣を歩く多慈美が小さく声を上げて立ち止まると、道から一段低くなった、何も植えていない畑の上でゴブリンが土を掘り返していた。

「次はアキツグの番ね」

「――え?」

 困惑する俺をよそに多慈美は、行って来い、と俺を畑の方に押し出す。

 細身の身体の一体どこにそんな力があるのだろう。

 押された勢いを殺しきれず、水路を飛び越え畑に着地すると、ゴブリンとの距離は五メートルを切っていた。

 ゴブリンは俺の足音に気がついたのか、棍棒を拾いあげ、身体を起こして俺の方を向く。

 しかし、俺の走り出しの方が早かった。

 五メートルの間合いを一気に詰め、手に持ったヒノキの棒をゴブリンの頭をめがけで一気に振り下ろした。

 ベキッ――

 ヒノキの棒は情けない音を出し、真っ二つに折れてしまった。

 ゴブリンは左手で頭部を守り、ダメージは入ってないように見えた。

 俺は一転して窮地に立たされた。

 ヒノキの棒は持ち手を残して折れ身を守る物は何もない。

 ゴブリンは棍棒を振り上げ、俺の頭に狙いを定めたようだ。

 両手で覆うように頭を守り、恐怖のあまり目を閉じると腹部に強烈な痛みが走った。

 ゴブリンは棍棒を持っていない左手で、俺のみぞおちを一突したのだった。

 呼吸が……できない――

 苦しさのあまりその場で倒れ込む。

 視界に飛び込んできたのは、棍棒で俺を攻撃しようとするゴブリン、そして――

 ゴブリンの背後から斬りかかり、一太刀入れる多慈美の姿だった。

 うめき声を上げ、倒れ込むゴブリンをなんとか避ける。

 二体目のゴブリンからアイテムはドロップしなかった。

 眼前に多慈美から手が差し出されたが、俺はその手を取らず自分で立ち上がる。

「お疲れ様、危ないところだったわね」

 何事もなかったかのように多慈美が話す。

「危ないどころか間一髪だったぞ。ヒノキの棒も折っちまったし――」

 慌ててステータスカードを見るアキツグであったが、HPと装備は変わってなかった。

「それリアルタイムで更新されないんだよね。だからダンジョンでダメージ受けても、今自分のHPがいくつか、正確な値は分からないのよ」

(意味無いじゃないか……)

「自分のHPが分からないと長いダンジョンだと困るだろ? 冒険者はみんなどうしてるんだ?」

 自分のことを把握できなければ安心して闘えない。

 思った疑問を多慈美に投げかけると、返ってきた答えは、

「魔術とかスキルは使ってMP消費量を覚えていくしかないわね、HPなんて自分の感覚よ! まだ行けるって思う限り0じゃないわ!」

 まさかの根性論だった。

 街までの帰り道、俺のステータスの低さと能力を危惧した多慈美の提案で、寄り道をすることにした。

 一体どんなアイテムを収集するのだろうか。

 俺のステータスカードを見た多慈美の、

「うわっ……」

 という低い声と汚物を見るような顔を、俺は忘れること無いだろう。

 暫く歩いていると街から少し離れた場所にある小川へとたどり着いた。

 多慈美は鞄から空き瓶を取り出し、蓋をあけると瓶を川に入れすぐに取り出した。

「アイテム採取って水?」

「あれ? アイテム採取するって言ったっけ?」

 多慈美がきょとんとして聞き返してくる。

 寄り道をするとは言っていたが、確かにアイテム採取とは言っていなかった。

 ではこの水は一体……

 考え込む俺に多慈美は爽やかに宣言した。

「日が暮れるまで時間があるし、今からトレーニングするわよ」

 はいこれ、と多慈美は自分の剣を抜くと、鞘を俺に手渡した。

「これで私を攻撃しなさい! これなら当たっても怪我をしないから思いっきりやっても大丈夫よ」

 多慈美の鞘は革製で金属の芯も入ってない。

 俺はなるほどと納得し、早速受け取った鞘で多慈美の頭を叩いてみた。

 ベチンという叩いた音と、それに遅れて多慈美がイデッと言う声が川辺に響く。

「まだ説明中よ! 少しは躊躇いなさいよ!」

 俺の腹部に多慈美の右ストレートが入る。

 (俺のHPまだ残ってるのかな……)

 その場で動けず意識も朦朧としていた。

 何やら慌てた様子の多慈美であったが川辺に生えた雑草のような草を毟ると、俺の口に放り込み強引に咀嚼させ飲み込ませた。

 何が起きたのだろうか。

 雑草を飲み込んだ瞬間、俺の身体から痛みも消え、意識もはっきりしだした。

「今のは一体――」

「この辺に生えてるのは薬草よ。取りすぎるのは良くないんだけど、接種すると一瞬でHPが30回復するわ。アキツグなら満タンね」

 なんと便利な草なのだろう、今の俺にはこれさえあれば、いつでもどこでもHPが全回復するのだ。

 もはやゴブリンなど敵ではない――そう思った矢先多慈美から放たれた言葉に耳を疑った。

「ここでならどれだけ傷ついても大丈夫! 薬草を飲めばいつでも元気! さあトレーニングを始めるわよ」

 難なく終わるはずのゴブリン討伐依頼は、突如として無限薬草負けイベントに変貌した。

 何度も川辺に倒れては薬草飲まされる、地獄のトレーニングは山に日が隠れるまで続いた。

「そろそろ終わりにしましょう」

 多慈美がトレーニングの終わりを告げると俺はその場に座り込む。

 禁じ手の不意打ちが封じられたことで、俺は多慈美に一撃たりとも鞘で攻撃を加えることができなかった。

「もしかして……俺には向いてないのかな……」

 ぼそっと呟いた独り言が多慈美にも聞こえたのだろうか、俺の隣にやってきて並んで座った。

「アキツグは私みたいな冒険者になりたいとは思わないの?」

 下級モンスターにも負け、この先どんな強敵と闘うことになるか分からない。

 少なくとも俺は命をかけてまでやりたいとは思わない。

「ああ、正直なところまだ実感が湧かないというか、現実味がないっていうか、自分の存在がふわふわ浮いたような感じで……」

 弱気な所を見せたくなくて、つい見栄を張ってしまう。

「無理もないと思う。記憶喪失になったばかりでまだ混乱しているのでしょう。これからゆっくり慣れていけばいいのよ」

「それに街から出るためにはモンスターに勝てるようにならないといけないわ。特に剣術に秀でてる訳でもないみたいだし、あまり深く考えなくてもいいんじゃないかしら。とりあえず今は、この世界で生きていく術を身につける方が先決だと思うの」

 彼女の言う通りかもしれない。

 今の俺ではこの世界について何も知らない。

 そんな状態ではまともに生活していくのは難しいだろう。

 それに、このまま何もできないままでいると俺自身が壊れてしまいそうな気がする。

 この世界に俺を知る人間は誰もいない。

 家族も友人も、知人すらも存在しない。

 俺は今、独りなのだ。

 だからこそ、俺は強くなって自分の居場所を見つける必要がある。

 そして自分自身の記憶の手がかり探す。それが当面の目的になる。

「わかった、しばらくは多慈美のサポートをすることにするよ。といっても、俺はただ見てるだけしかできないけど」

「それで十分よ! よろしくね!」

 彼女は嬉しそうに微笑むと右手を差し出してきた。

 俺もその手を握り返す。

 彼女の手は柔らかく温かかった。

 こうしてほぼ役に立たない俺と主戦力である多慈美はパーティを組むことになった――

 トレーニング終了後、俺たちは街へ戻ることにした。

 街に着く頃には空が暗くなっていたため、そのままギルドへ直行する。

 ギルドの中へ入ると受付へ向かう。

「ゴブリンの魔結晶ですね。お預かりします」

「お願い」

 受付嬢に魔結晶を提出し、報酬を確認する。

「はい、確認できました。合計で銀貨6枚と銅貨20枚になります」

「ありがとう」

 彼女は魔結晶を背負袋に入れ、受付を後にした。

 魔結晶を換金した金額は銀貨6枚と銅貨20枚。

 ちなみに、通貨単位は銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚となり、銅貨1枚を1Gと言うそうだ。

 ギルドでは魔結晶以外にも薬草や鉱石といった素材の買取も行っている。

 今回はゴブリンの魔結晶の買い取りだけで終わりにして、物資の購入を行わないことにした。

 というのも、俺は無一文のため、今持っているお金は全て多慈美の物であり、勝手に使うことはできない。

 それに、今後のことも考えると、資金はなるべく節約しておきたいという考えもあった。

「お疲れ様」

「うん、ありがとう」

 多慈美は俺から受け取った水筒に口をつけると、中身を飲み干した。

「魔結晶は銀貨6枚と銅貨20枚、620Gにもなったわ」

「予想より多いじゃないか」

「ま、最低より少し上ってところね」

 成果の確認も程々に俺たちはギルドを後にする。

「これから何か買い物でも行くのか」

「今日はもう遅いから家に帰って、明日は朝からダンジョンに潜りましょう」

「そうだな」

「ところで、アキツグさんは何か思い出した?」

「いや、全然ダメだ」

「そっか……」

「ごめん……」

「ううん、謝らないで。焦らず少しずつやっていこう」

「ありがとう」

 家に帰ると多慈美は装備の片づけもほどほどにキッチンへ向かい料理を始める。

 そこでまっててねー、と昨日と変わらぬ言葉を聞き、手持ち無沙汰になりながらも俺はリビングでくつろがせてもらった。

 ほとんど見ていただけだったのにも関わらず、睡魔が襲ってくる。

(HPが足りないのかな……薬草は……)

 睡魔と格闘しているとキッチンから多慈美が鍋をもって出てきた。

「よし、それじゃあご飯にしよっ」

「おう」

「今日のメニューはシチューよ、講習の間に材料用意してたの!」

「美味しそうだ」

 二人でテーブルにつくと食事を始める。

 鍋に入っているのは、得体のしれない紫色をした塊肉と、これまた得体のしれない青色の芋のようなものが浮かんでいた。

 食べずに具材を見ていると、自分の料理が口に合わないと思ったのであろうか、多慈美が様子をうかがってくる。

 覚悟を決め一番小さな紫色の肉を恐る恐る口に入れる。

 具材をなるべく舌に載せないように、口呼吸を入れながら飲み込む。

 見た目に似合わず意外にも美味しかった。

「どう……かな?」

 不安そうに聞く多慈美に正直な感想を返す。

「凄く美味しいよ!」

 肉も芋も、色が食欲を落とすだけで決して不味くない、食べられるとわかったらこっちの物だった。

 再びスプーンでシチューを口に入れる。

 薄れた警戒心の中、口の中に入れた肉や芋は固めだった。

 さすがに多慈美へ言った料理の感想を、変更することは気が引けできなかった。

 食事を摂りながら会話を続ける。

「ねえ、アキツグさんは料理とかできるのかな?」

「どうだろう、やってみないとわからないが、多分できるはずだ」

「多分ってどういうこと?もしかして覚えていないの?」

 俺は首を縦に振ると、多慈美は残念そうに俯く。

「そう……なんだ……」

「すまない、でもきっと大丈夫だよ」

「そうね、いつまでも落ち込んでても仕方ないわね。早速明日から練習してもらいましょ」

「ああ、任せてくれ」

「ふふ、期待しちゃうわね」

「ああ」

「それじゃあ、食器を片付けたら寝るとしましようか」

「了解」

 アキツグの冒険者生活二日目はこうして幕を下ろした――

 アキツグのステータス

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 名前:アキツグ

 種族:人族

 年齢:22歳

 ランク:E

 職業:なし

 Lv:1

 HP:10/10

 MP:30/30

 STR(筋力):12

 VIT(耐久力):10

 AGI(敏捷度):11

 DEX(器用度):9

 MAG(魔力):2

 LUC(幸運度):20

 CHA(カリスマ度):6

 メイン武器:ひのきの棒

 サブ武器:なし

 頭 :鋼の兜

 胴 :皮の胸当て

 腕 :皮の手甲

 足 :皮のブーツ

 装飾:なし

 所持金:0G

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