月の裏側では第十七艦隊と第十三艦隊がそれぞれ集結をしていた。
敵の数は2個艦隊、こちらの守備艦隊もおおよそ同数。
敵援軍の可能性、陽動作戦の可能性を考慮すると月基地から出し得る最大戦力であった。
「第十三、十七艦隊は月軌道より30光秒の位置にて、月面を背にして待機。来襲する敵艦隊を迎撃せよ」
月基地司令からの命令が通達される。
「陣形はどうするつもりだ?」
「アドミラル級を最前から2列、マウンテン級を最後列の横陣として、火星艦隊が見えるのを待ちます」
「ふむ、アドミラル級にて先制火力投射するのだな。よかろう」
「第十三艦隊はマウンテン級でのみ構成された艦隊です。従来通りの横陣3列での陣形となるでしょう」
「足並みは乱れることは無さそうだが、こちらが先制攻撃できる事は伝えておかねばならんな……」
提督は手元にあった通信機へと手を伸ばすと、第十三艦隊へ俺との会話の内容を伝えていた。
「――アドミラル級の先制攻撃について承知した。とのことだ、射程に入り次第攻撃開始で良いか?」
「はい、ただし艦隊最後列を第十三艦隊と横並びになるように配置をお願いたします」
「――あい分かった。お主のことだ、きっと何か考えがあるのだろう」
左翼の第十七艦隊は前2列分だけ突出して艦隊配置を終えた。
火星艦隊から見れば敵左翼が飛び出た奇妙な陣形に思うことだろう。
敵艦隊到達予想まで残り2時間を切ったところだ。
戦いが始まるまでまだ時間はある。
俺は自分の立てた作戦が上手くいくことを祈りつつ一息つくことにした。
モニタに映し出された敵の到達予想時間まで残り10分。
俺は想定外が無いか、考えそびれたことが無いか、最後のチャンスに思考を巡らせる。
(――特になし)
敵の到達予想時刻まで残り5分。
賑やかだった艦橋も静まり、誰もが敵の出現が今か今かと待ち望んだ雰囲気に包まれていた。
敵の到達予想時刻まで残り1分。
残り60秒のカウントが始まった。
ここまで来ると敵がいつ出現してもおかしくない。
砲手は主砲のスイッチへと手を掛け、装填手は次弾を取り出し、探査手は敵の来襲をいち早く察知しようとヘッドセットを耳へ押し当てている。
「敵探知! 12時方向、角度プラス2度、距離20光秒!」
残り3秒となった時に探査手が声を上げる。
僅かに艦隊の上方向、ほぼ真正面から火星艦隊が来襲したのである。
鉄道と同じくらい正確な来襲に関心するが、距離は20光秒もある。
お互いまだ射程には入っていない。
ここから敵がどう動くかそれがこの戦いにおいて重要なのである。
「月基地へ伝達。『我、敵艦隊見ユ』」
提督は探査手へそう伝えると席に座った。
敵が我々を探知しているのかは不明だが、未だ真っ直ぐ月へ向かって来るコースだった。
「敵艦隊、アドミラル級射程まで残り5光秒!」
特に迂回する様な動きは見せていない。
火星艦隊は真っ直ぐ艦隊に向けて前進を続けている。
(既に敵もこちらを探知しているはずなのだが……)
敵の行動を不審に思いつつも、何か動きがあるかもしれないとモニタへの注視を続ける。
結局何事もなく火星艦隊はアドミラル級の射程へと入ろうとしている。
横陣にて3列、地球艦隊と変わらない陣形で迫りつつある。
「敵艦隊、まもなく射程内に入ります」
「1列目から2列目まで射撃よーい」
敵艦隊が最後列までアドミラル級の射程に入ったのを確認し提督は号令を出した。
「撃て!」
アドミラル級の一斉射は火星艦隊のうち10隻程度を吹き飛ばした。
アドミラル級にとって初めての実戦であったが、マウンテン級とは比べ物にならない命中率である。
「提督、後は作戦通りに」
「うむ、アドミラル級2列は敵と相対速度を保ちつつ後退せよ!」
敵との相対速度を保地後退することで、敵の射程外からアドミラル級の艦砲射撃を行うことができる。
後退中にもアドミラル級の再装填が終了したことが知らされる。
「アドミラル級は再度射撃よーい。3、2、1、撃て!」
2度目の一斉射でさらに10隻程度を吹き飛ばす。
マウンテン級の射程内に入るまでに20隻も減らすことが出来た。
敵右翼、第十三艦隊に相対している敵艦隊の脚が鈍くなる。
こちらと相対する敵艦隊は損害を気にすることなく前進を続ける。
そうこうしているうちにアドミラル級はマウンテン級の後方へと移動が完了する。
「アドミラル級全艦停止、第十三艦隊2列目、3列目と位置を揃えよ!」
アドミラル級の再装填は間もなく終わるが敵はマウンテン級の射程へと入ろうとしていた。
「マウンテン級の射程に入り次第、全艦斉射を行う。全艦何時でも射撃できる状態で待機」
150隻の火力投射の機会まで第十七艦隊はゆっくりとその時を待った。
「敵全艦、射程内!」
「撃て!」
次の一斉射は敵の20隻ほど吹き飛ばしたようだ。
同時に敵からの砲撃が第十七艦隊へと降り注ぐ。
レーザーの光が横を瞬時に通過した後、小さな光点が前方にて輝く。
運悪く砲撃を被弾した味方艦の光だ。
「キンケイドより入電、『我、射撃スルヲ能ハズ』」
「後退させろ。月基地へと戻り修復せよと伝えろ」
敵は数の不利を悟ったのか前進を止めると、即時後退を開始した。
「アドミラル級の再装填までの時間は?」
俺は近くにいル砲術長へと質問する。
「今までの装填速度から推定すると、後30秒はかかります」
初の実戦ということもあるのであろう、マウンテン級と比較すると遅い装填速度であった。
「敵が射程外に出る方が早いか……深追いは無用。敵が撤退したのを確認し、第十七艦隊も月基地へと戻るぞ」
結局敵艦隊が再度月へ反転攻勢を仕掛けてくることはなかった。
俺達第十七艦隊の初陣、予期せぬ防衛戦は終わりを迎えた。
火星艦隊撃沈42隻、地球艦隊中破1隻。
その戦果は従来では考えられないほど大きかった。
アドミラル級の性能と運用がもたらした地球艦隊の圧勝である。
アドミラル級によって新たな歴史のページが記載されようとしていた。
勝利の余韻に浸り、お祭り騒ぎの艦内を上手くコントロールしつつ、フッドは月基地への進路を取る。
「――間もなくフッド接舷、繋留員は作業にかかれ。繰り返す、繋留員は作業にかかれ」
艦内放送で月基地停泊に向けた流される。
後ろ向きで入港する艦の右側には中破したキンケイドが繋留されている。
提督は月基地司令と通信モニタ越しに会話をしているが、その内容は俺には聞こえなかった。
月との接舷作業は滞りなく完了した。
「第十七艦隊各位に通達する、フッドは接舷作業を終了した。各艦も接舷作業の最中であろうが、本日と明日は半舷休息でなく、第十七艦隊全員の下船を許可する。以上だ」
「どういうことです?」
余りに珍しい命令に、俺は提督にその真意を聞いていた。
「なんてことはない、圧勝をした第十七艦隊への労いの意味を込めて、月基地司令が用意してくれたちょっとした休息だ」
(第十四、第十五艦隊が月の防衛をするのだろうか)
――無理だ。
先程の勝利はアドミラル級と運用でもたらされたに過ぎない。
マウンテン級では多量の犠牲が生じる。
(月基地司令ともあろう人が、そんなことも分からないなんて……)
せめて俺だけでも艦に残ろうとしたがそれも許されなかった。
艦に残ることを提督が許さなかったのである。
上官の命令であれば逆らう余地はない。
戦場でなければ尚更だ。
俺は月基地司令の判断にに失望しつつ艦を降り、鬱屈とした思いで2日間の休日を過ごすことになった。
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