銀河系の辺境の地、西暦2700年となっても人類は太陽系から勢力圏を拡大できずにいた。
地球外への移民を模索するも、生息可能惑星までの距離はあまりに遠く、人類が住む星は地球と、テラフォーミングによって人が住めるようになった火星と、いくつもの資源惑星のみであった。
そんな僅かな生息域しか持たない人類も決して一枚岩ではなく、地球と火星の間で主導権争いが繰り広げられていた。
「――目標まで距離10光秒、間もなく射程距離に入ります」
俺は敵までの距離をレーダーから読み取ると即座に艦内の人々に伝える。
艦内は浮足立つような様子も無く、皆黙々と自らの職務へと励んでいるようだ。
敵艦は横隊陣を組み、横に長く並んだ艦列が奥に3列並んでいる。
我が艦隊も敵と敵艦同様の陣形を組み、横に長く並んだ艦列を3列準備している。
数の上では同数、射程も威力もほぼ同じ。
敵との戦力差は無いに等しい。
(勝敗を決する要因は一体何なのだろうか……)
そのような疑問を持つことを軍人である俺は許されない。
何も考えずにただ指示を出す。
艦内の人間は皆、俺の指示を待っていた。
レーダー上に映る光の点は刻一刻と迫ってきている。
敵も味方も前進を続けているのだ。
俺はレーダーを注視し続ける。
俺は敵への攻撃可能になるその瞬間を見逃さなかった。
「――敵が射程に入りました」
艦内の人間に再び情報を伝える。
提督は全艦に対して砲撃を指示する。
味方のビーム砲による一斉射が行われ、無数の光線が敵へと降り注ぐ。
同時に敵からの光線が味方へと降り注ぐ。
敵艦からの砲撃も味方の砲撃も威力は絶大で、直撃した艦は一撃で轟沈してしまう。
事実本艦の斜め後ろの艦は敵からの砲撃の直撃を受け爆発、轟沈していった。
『肉薄するまで誰も敵への歩みを止めてはならない』それがこの時代、宇宙に出た人類の戦い方、たとえ傷ついたのが友人や家族、大切な人であっても前を向いて進み続けなくてはならない。
まさに地獄のような言葉であった。
唯一の救いは、遠く離れた状態の撃ち合いは、命中率が1パーセントにも満たず、レーザー砲は連射ができないことである。
科学技術が発展し、人類が宇宙に進出してなお、未だ神に祈るだけの余地は残されているのであった。
地球と火星の戦いは、地球と火星双方の中心ではなく、どちらかの惑星に近い場所で行われるのが常であった。
これはどちらかの艦隊が出撃しても察知をすることが難しく、地球と火星の距離のちょうど半分となる中間線を跨いで初めて侵攻を察知、迎撃準備、開戦という流れになるからだ。
しかし今回の戦いは従来の戦いとは異なっていた。
地球と火星の戦争が始まって以後、初めて両陣営の艦隊が中間線付近で相対したのである。
遭遇戦であった。
朱色に塗装された火星艦隊と紺色に塗装された地球艦隊の戦力はほぼ同じ。
指揮官の指揮が勝敗を決すると言っても過言ではない。
その責任は作戦参謀である俺の双肩にも乗っている。
接敵前の作戦立案、開戦後には意見具申と情報伝達が俺の主な仕事である。
地球艦隊と火星艦隊は斉射を行いつつ、その距離を互いに詰めていく。
お互いの距離が1光秒、すなわち30万キロメートルまで接近した後、俺は前進停止を提案した。
提督は全艦に停止を指示し、その場で斉射を続ける。
敵の火星艦隊も同じであった。
地球艦隊が前進停止するのに合わせて、火星艦隊も停止し斉射を続けていた。
「まるで鏡ではないか……」
提督がポツリと俺にしか聞こえないような小声で呟いた。
距離が離れた状態のレーザー砲の命中率は極端に低かったが、お互いの距離が近い場合はその限りではなかった。
威力の減衰も、偏光も影響度が下がり命中率は10パーセントにもなる。
地球艦隊、火星艦隊共に急速にその数を減らしていく。
「――まもなく損耗率5割です」
戦いはお互いの艦艇が消滅するまで撃ち合いを行う消耗戦の様相を呈していた。
(もはやこれ以上の戦闘は無意味……)
俺は心の中でそう悟っていた。
(敵も優秀であればきっとそのように考えているであろうか……)
無意味な消耗戦では後退、あるいは撤退するのが最善なのだが、そう上手くいくものではなかった。
艦隊が後退の素振りを見せれば、消耗戦を厭わない敵は追撃をする。
こちらの艦隊は逃げる素振りを見せているだけに士気の低下と艦隊機動の乱れから損害が増える可能性が高くなってしまう。
後退するためには、敵が後退するのに合わせて後退するしかない。
しかし後退すれば追撃の恐れがある。
どちらかが完全に滅ぶまで行われるチキンレースである。
俺は撤退の献策を出来ずにいた。
後退するための隙がどこにもなかったのである。
俺が迷っている間にも味方の損害が増えていた。
「――撤退だ……」
提督が小声で呟くのが聞こえた。
「これ以上兵達の命を無碍にはできん! 撤退だ!」
次は周囲に聞こえるような大きな声で。
『お待ち下さい』
とは言えなかった。
後退時の追撃の恐怖を提督が知らないはずがない。
なんとしてでも生きて帰るというその覚悟に対して、もう少しこの場で粘ってくださいとは言うことは出来なかった。
(決して今は後退が上手くいくようなタイミングではない)
俺は思ったことを提督にも伝えず、今生きている皆が無事に帰ることを祈るしかなかった。
地球艦隊はゆっくりと後退を開始した。
火星艦隊は前進も後退もすることなく、その場で砲撃を続けていた。
しばらくして火星艦隊も後退を開始する。
今まで鏡映のように同じ行動をしていた火星艦隊だが、最後は別の行動を取る形となった。
戦いは痛み分けに終わり、地球艦隊は無言で帰路につく。
150隻の艦艇にて始まった戦いは50隻にも減少してしまっていた。
「君は最善を尽くしてくれた……気に病むことはないぞ……」
提督は俺にそう言葉を掛けた。
多くの人を死なせた責任を感じないわけではない。
しかし人に死は平等に訪れる。
ましてや宇宙の戦いでは痛みを感じることもなく、命を落とすことが常である。
(一番責任を感じているのは提督なのではないか……)
俺に掛けられたその言葉は、提督自身に向けられた自己暗示のような物に思えてならなかった。
地球の宇宙戦力は国連宇宙軍として組織され、防衛即応体制の月基地駐留艦隊が四個艦隊。
地球には火星に攻撃を仕掛ける十二個艦隊があり、それぞれ攻撃待機、訓練、再編成の3つの役割を。
合わせて十六個艦隊が4つの役割をローテーションしながら任務に当たっている。
俺たちの艦隊は三分の一にまでその数を減らされている。
次の役割は艦隊の再編成、数の上で当初の150隻に戻すための時間、乗組員に与えられる休息期間である。
俺達は地球の前進基地である月で目的地の辞令を受ける。
月基地にある広間に集められた俺達の視線は、壇上にいる月基地司令へと注がれていた。
「皆、お疲れ様。火星侵攻中に遭遇戦になるのは過去に例が無いことだ。不測の事態によくぞ耐えてくれた。ゆっくりと休んでくれ、と言いたいところだが――」
俺達は基地司令の言葉に顔を見合わせる。
艦隊再編成のための休暇期間があるものと考えていたがどうやら違うらしい。
周囲がざわつき落ち着かない中基地司令は話を続ける。
「国連宇宙軍からの命令を伝える! 『月基地には既に試作新造艦が100隻用意してある。諸君らはこれら試作新造艦100隻を編入し新たに第十七艦隊として月周回軌道付近で訓練、戦術の開発に取り組まれたし』以上だ」
寝耳に水とはまさにこのことだ。
休息が与えられないどころか、試作艦を組み込み戦術の開発に当たれと。
(一向に進捗が見られない戦争への打開策を講じたか……)
俺はそう思ったが、提督はどこか怪訝そうな顔をしていた。
「――謹んで拝命仕る」
そう一言基地司令に告げると提督は壇上から降りた。
予期せぬ提督の行動に俺も慌てて提督の後に続く。
うっかり基地司令に敬礼を忘れそうになるが、
「気にせんでええよ」
と優しく微笑んでいた。
小走りで提督の後姿を追いかけ、追いつくと俺は提督に周囲に聞こえない声で問いかける。
「どうされたんですか、演説無しで壇上から降りるなんて」
「地球屈指の才能を持つ君でも疑問に思わんのかね?」
「新造艦を我々に与えて戦術を開発することですか?」
俺は自分の中で抱えていたもやもやした要素を提督へ伝えた。
「そうだ。艦の建造など地球規模からしたら安いものかもしれん。だがコンセプトを決めずに建造などすると思うか?」
広間に用意された自分たちの席へたどり着くと、壇上に一礼し着席する。
「確かに不思議ですね。どんな艦でも、それこそ失敗作であっても何らかのコンセプトはあるはずですね。お試しで作った技術実証ということでは――」
「それはないな。1隻だけならあり得なくもない。だが100隻という数はもはや艦隊規模だ。戦術のコンセプトもなしにそんな数を揃える意味がわからん。技術実証であれば尚更だ」
「――何か裏があると……」
俺がそう言うと提督は小さく頷いた。
壇上では月基地司令によって労いの言葉が掛けられていた。
「休息を与えられないことに不満を持つ者もいるだろう。だが諸君らは数多の戦場を潜り抜けた歴戦の勇士である。残念ながら新造艦の練度は著しく低い、この機にその姿を新造艦の新兵たちへと見せて貰いたい」
俺は国連宇宙軍が下した命令の思惑を知りたいと思っていた。
「――そんな難しい顔をするな。少なくとも奴は信頼できる」
俺は驚き隣の提督を見る。
提督は月基地司令へとその視線を向けたままであった。
(それなら信用できないのは……)
きっと国連軍の首脳部……
不可解な命令と戦術開発。
火星との戦いに明け暮れた俺の慣れない戦いが始まった。
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