第2話 戦術論

 灯りのない薄暗い廊下を進んでいく。

 提督の靴が地面を蹴るたびに甲高い音を鳴らしている。

 長い廊下の先には一枚の気密式の扉があった。

「――こちらです」

 そう言うと案内として先導していた若い男性が扉を開いた。

 提督と共に開かれた扉の中に入ると広い空間に出た。

 不意に照明が焚かれる。

 突然の光に目が痛み、眼球の奥で赤、緑、青と小さな光点が点滅している。

 しばらくすると痛みも収まり、目を開けるとなんとか周囲の景色も見えるようになってきた。

 提督は既に広大な空間の中心へとその視線を向けている。

 俺も提督が見ている方を見るとそこには300メートル程の構造物。

「これが……編入される新造艦か……」

 提督が独り言のように若い男性に問いかける。

「その通りです。こちらが新造戦艦アドミラル級、その試作一番艦『ロード・ネルソン』になります」

 ロードネルソンは従来の地球産まれの艦艇とは一線を画した形状をしていた。

 地球で建造される国連宇宙軍艦艇は海に浮かぶ艦艇が起源であり、地球への帰還時は広大な海洋への着水を前提とした運用がされていることから、船舶の形状が色濃く残った形状をしている。

 しかし眼前にあるアドミラル級はどうか。

 各種艤装は艦内に格納されており戦闘時にのみ外部に露出させるような構造、全体が流線型を意識したかの様な形状である。

「艦とは思えん形状だな」

「形状は大きく変化しましたが……それでも艦の性能は従来より格段に進歩しております」

 ここに来る前に新造艦の性能を教えてもらったが、確かに従来よりも優れている。

 技術者なりのプライドであろうか、若い男は提督へ食い下がる。

「ふむ、だがその新型と旧型の混成では足の速さも活かせん。まずは明日、全艦出港の上各種訓練へ移る」

 提督はそう言うと一人来た道を引き返していった。

 若い男は提督の姿を見送り、敬礼をやめると深くため息をついていた。

 俺も明日に備え用意された部屋へと戻ることにした。

 翌日、グリニッジ標準時午前9時ちょうど、旧型戦艦マウンテン級50隻と新型戦艦アドミラル級100隻は月基地を出港した。

「本艦隊はこれより月周回軌道にて、事前打ち合わせの編成にて訓練を実施する。Aグループは指定座標まで移動せよ」

 提督の命令が各艦艇に伝達される。

 150隻の混成艦隊は旧型艦25隻、新型艦50隻を1つのグループとし、作成したグループ同士の模擬戦闘を行おうとしていた。

 俺や提督、主要幕僚は月基地から指示を出し、その動向を見守っていた。

「さて、どうなると思うかね?」

 提督はいつものように隣にいる俺へと問いかけてくる。

「事前の作戦打ち合わせは既に実施済みです。あとは各艦長の采配に――」

「そうではない、新造艦のアドミラル級についてだ」

「性能のデータを見る限り従来のマウンテン級同様扱いやすい艦だと思います、艦速も早く有効射程も伸びています。ただ……」

「何か気になることがあるかね?」

「新造艦は旧型の正当進化と言って良いような性能をしております。混成であるならまだしも、新造艦だけで揃えられた艦隊で新戦術を研究する意味があるのかと思いまして……」

「なるほどな……」

 提督は腕を組むと上を見上げていた。

「ますます国連宇宙軍の意図がわからんなぁ……」

 提督の呟きと同時に第十七艦隊の模擬戦が始まろうとしていた。

 初回の模擬戦は従来の戦法を試す物である

 75隻の艦艇を横に25隻ずつ並べた列を3列作り、横に長い陣形にてお互いが進軍している。

 異なるのは模擬弾であり被弾してもダメージがない点だけである。

「まだ撃たんのか?」

「はい、新造艦はお互いに射程に入ってますが旧型艦は未だ射程外です。今回の模擬戦はベンチマークですので、全艦が射程に入ったのを確認後、発砲許可をこちらから出します」

「焦らすのぉ」

 提督は新造艦の形状には不満げであったが、いざ戦うとなると嬉しそうであった。

「――全艦射程内、提督お願いします」

「撃ち方はじめ!」

 提督の号令により各艦模擬弾の一斉射が始まった。

 双方、瞬く間に数が減っていく。

「提督、そろそろ終わりに――」

「撃ち方やめ!」

 目の前のモニタには両グループの損害が映し出されている。

「マウンテン級は残存0か……」

 戦果を見た提督が呟くその声は、あまりに小さく少しばかり悲しそうに思えた。

「アドミラル級は双方30隻残っています」

 戦力がちょうど拮抗するように分配しているので同数残るのは想定内であった。

 しかし驚かされるのはアドミラル級の防御力であった。

「3発被弾しても撃沈しないとは……」

「抗堪性が格段に高くなってますね、マウンテン級の損害を抑えるためにアドミラル級は最前列と2列目にしますか?」

「射程が短いマウンテン級を後方に配して、マウンテン級は戦闘に参加できるのかね?」

「火星艦隊はマウンテン級と同程度の射程かと思われますので、戦闘参加は可能かと」

「ではAグループ最後列にマウンテン級を配置、Bグループをマウンテン級と同程度の射程制限として再度訓練を行おうではないか」

 提督はそう告げると全艦へ通信を入れた。

「全艦元の座標にて待機、1100より再度演習を行う、各グループの陣形はこれより伝達する資料に則ること、以上だ」

 1100からの訓練はAグループの圧勝に終わった。

「最後列のマウンテン級はほぼ射撃することもなかった――か……」

 アドミラル級は防御力だけでなく、命中精度でもマウンテン級を圧倒していたのであった。

「最後列にマウンテン級を置いても殆ど意味は無いですね」

 むしろ速力がアドミラル級に劣る分艦隊の足を引っ張っているとも思った。

 おそらく提督も同じことを考えているのだろうか、提督からの返事は何もなかった。

 長い沈黙が場を包む。

「いっそマウンテン級は戦闘に参加しないというのは……」

「それもやってみてもよかろう」

 提督は三度目の演習に向け全艦へ通信を入れる。

「全艦再度元の座標にて待機、1400より本日最後の演習を行う、各グループの陣形はこれより伝達する資料に則ること、以上だ」

 三度目の演習はAグループのマウンテン級を月基地近海へ帰港させ、アドミラル級のみのグループとマウンテン級とアドミラル級の混成グループの戦闘とした。

 ただし混成グループの戦闘力はマウンテン級に準ずるように設定され、Aグループのアドミラル級はその本来の力を出せるように設定された。

 その結果はAグループの圧勝であった。

 アドミラル級が配備された混成艦隊の結成から2か月が過ぎた。

 俺と提督は混成艦隊の戦術について明確な答えを出せずにいた。

 アドミラル級の性能は優秀であり、明らかにマウンテン級より高性能であった。

 演習でもマウンテン級を編成するよりもアドミラル級のみの編成とした方が明らかに協力であった。

 しかし艦隊の三分の一は旧来のマウンテン級である。

 アドミラル級のみの艦隊とするのは、150隻が基本の艦隊戦において数の上での不利を自ら作ってしまっていた。

 その差を覆す性能をアドミラル級は有していたが、それはマウンテン級と同程度の場合。

 俺達が火星艦隊との戦闘を行って以降、火星艦隊との接敵は一度もなかった。

(こちらの艦艇が進化しているように敵の艦艇も進化していたら……)

 そう考えるとマウンテン級を有効に使うことが勝つための鍵となると言える。

 しかしマウンテン級を有効に使うアイディアは思い浮かばなかった。

(いっそアドミラル級だけで再編してくれたらどれほど楽か……)

「元気かね? 若者よ」

 不意に後ろから声を掛けられ、驚きのあまり振り返ると月基地司令であった。

「いやぁすまんすまん、驚かせるつもりはなかったんだ」

「基地司令殿、ご無沙汰しております。今日はどのようなご用件で」

「なに、特に要はないさ。第十七艦隊参謀長のお前さんが艦の運用で悩んでいたようなのでな、声をかけたのだ」

 どうやら思案していたことはバレていたようだ、さすがは前線基地の司令官だ。

 俺は誤魔化さずに基地司令に案を乞うことにした

「――基地司令殿は混成艦隊を運用されたことはございますか?」

「おぉあるとも、今のマウンテン級から数えて二世代前の戦艦の時代だがな」

「あの頃は144隻で1個だったものだ」

「144……12×12の陣形を組んでいた時代ですか?」

「そうだ、正方陣は歴史の教科書に載ってしまった。もはや過去の話だがな」

 時が経つのは早いものだと基地司令は笑っていた。

「あの頃は射程も短く、お互いが突撃して、敵味方入り乱れ、敵味方関係なく撃ちまくる、そういう時代だったさ」

「とてつもなく恐ろしい時代ですね……」

「最前衛は敵に殺されるか味方に殺されるかしか選択肢はなかったもんでな、衝突して沈むこともあったわ」

(現代で良かった)

 と俺は胸をなでおろした。

「だが艦隊に所属する艦艇の数はさほど変わらんのに、死者数は今の半分だった。なぜか分かるか?」

「――いえ、皆目見当もつきません……」

「簡単なことだ。砲の威力が低すぎて沈まなかったんだ」

「艦が沈まなければ死者は減る。今は被弾即ち死だからな……」

 基地司令は目を閉じながら言葉を止めた。

「私が戦場で正方陣を組み戦っていた時にドレッドノートは現れた」

 ドレッドノートは地球で知らない人がいないくらい有名な艦であった。

「知っています。当時の戦闘を、戦争のやり方も変えてしまったんですよね?」

「そうだ。戦争が変わってしまったのはドレッドノートが出てきてからだ。ドレッドノートは当時の艦を一撃で沈める砲を持っていた。機動力重視になったのはそれからだ」

「それは知っています。基地司令殿はドレッドノートが出てきた時、どうされたのですか?」

「ドレッドノートは最前列に配備して、敵の動きに合わせて後退させたんだ。今までの艦を最前列にすると乱戦になってドレッドノートの火力が活きない、かと言って後方に置いては役に立たない。」

 俺は頭の中で何か閃くような感触を得た。

 アドミラル級の運用も、ドレッドノートと同じように――

「基地司令殿、相談に乗っていただき感謝いたします」

 そう言ってその場を離れようとするも、基地司令に呼び止められた。

「気をつけろよ参謀長。技術の進歩は兵器を変え、戦いを変え、人さえも変えちまう、そのことは忘れるなよ」

 基地司令から受けた言葉は過去のどのような訓示よりも有り難い言葉だった。

 しかし職業の悲しき性か、基地司令にそう言わせる背景が俺は気になってしまう。

「基地司令が提督の時と現代とで、人はどのように変わってしまったとお思いでしょうか?」

「それはだな――」

 基地司令の言葉を遮るように基地内に警報が鳴り響く、火星艦隊が警戒線を超えてきたのだ。

「この話は後だな、直ちに迎撃の準備にかかれ!」

 基地司令は俺の敬礼を待たずに司令部へと向かった。

 俺も停泊する第十七艦隊へと急ぎ向かう。

「火星艦隊の数、およそ2個艦隊、第十三艦隊、第十七艦隊は直ちに出港の準備、第十四、十五艦隊は乗組員招集の上、港内にて待機せよ」

 敵情と命令を繰り返すアナウンスを聞きながら俺は乗艦するフッド艦橋へ到着する。

「着陣いたしました」

俺は急ぎモニタを確認すると乗組員収容率は9割を越えていた。

「幕僚各位乗艦完了」

「5分後に出港開始すると港湾作業員に伝えよ」

「第十七艦隊全艦に通達、5分後に出港する。港から指示のあった順に出港せよ。集結ポイントは――」

 提督から第十七艦隊全体へと指示が出される。

 俺の仕事は今はない。

 敵の動きを考え、適切な艦隊陣形と運用を提督に進言するのが俺の仕事だ。

 ましてや今回は複数の艦隊が出撃する。

 主な艦隊の運用は月基地司令とその参謀本部に託されるだろう。

 手持ち無沙汰な俺は月基地司令と会話したことで得たアイディアを試す時が、今か今かと待ちきれないでいた。

「フッド出港用意!」

 艦長の合図で各々シートベルトや手摺を握る。

 艦体はエンジンの出力を上げたことで僅かに前に移動した後、上下に小刻みに振動している。

 目の前のゲートがゆっくりと開き始め、港湾作業員がモニタ越しに手を振っているのが分かる。

「3、2、1、撃て!」

 艦長の出港の号令と共にフッドを拘束している係留索が切り離されると、巨大な艦体は一気に加速し月面から飛び出した。

 

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