目が覚めると昨日に続いて、日は顔を出していなかった。
今日は多慈美がドアから飛び出てくることもなく、疲労感が残る感触はあるが気持ちの良い目覚めである。
昨日の夜はシャワーを浴びることもなく寝てしまい、着ている服が肌に纏わりつく感触が気持ち悪く感じていた。
俺は次服を着る前にシャワーを浴びようと考え、部屋を出たその足で浴室へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、ふと自分の身体を見てみる。よく見ると細かい傷跡がいくつも残っていた。おそらくこの世界で受けたダメージによるものなのだろう。他にも小さな傷跡が多数あった。それらを眺めながら身体の隅々まで丁寧に洗うと湯船へと浸かった。お湯が身体全体に行き渡るのを感じながら昨日のことを思い出してみることにした。
(次はどこまで進めるのだろうか……)
スキルを使うことができればもう少し効率良く進むことができるのだろう、と考えると気が重くなった。
また敵が現れてしまう可能性を考えるとどうしても恐怖心が拭えなかったのである。
悩みながら鼻まで湯舟に浸けると、勢いよく扉が開け放たれた。
「ちょっといつまで入っているのよ!」
多慈美が怒鳴り声をあげる。
「ご、ごめん……」
反射的に謝り立ち上がると、
「立つな!」
と怒号と共にかけ湯用の小さな樽が俺の顔目掛けて飛んできた。顔に当たる直前でなんとかキャッチすることに成功する。
「あぶなっ!何すんだよ!?」
「うるさいわね!私に裸を見せつけてきたんだからこれくらい当然でしょ!」
顔を真っ赤にしながら怒りをあらわにする多慈美に対して、投げられた理由があまりにも理不尽だったので反論しようとした時、多慈美は続けて言い放った。
「それより早く出てってよ!これからシャワー浴びるんだから!」
勢いよく扉が閉められると、俺は一人浴室に取り残され静寂が訪れる。
扉の奥で多慈美が脱衣所から出たのを確認して、湯船から出る。
(どうして俺が追い出されないといけないんだ……)
そんなことを考えながら部屋へ戻り、着替えを済ませるとリビングへ向かった。
リビングでは多慈美が自らの剣の手入れをしていた。
「やっと出てきたわね、簡単だけど朝食、準備しておいたから」
机の上にはパンにスープといった洋風なメニューが並んでいる。
「ありがとう」
感謝を伝えると多慈美は浴室へ消えて行った
俺は席に着き、食事を始めることにした。
スープは薄い水色をしていた。
(これって昨日のスライムじゃ、ないよな……)
口に含む前に匂いを確かめるが、スライムの涙のような匂いはない。どうやら普通のスープのようだった。恐る恐る口をつけると見た目通りの味がした。
「味はどう?」
背後から声がしたので振り向くと、そこにはバスタオルを巻いただけの姿の多慈美が立っていた。髪は濡れており滴が垂れている。水滴が床を濡らしていた。
「ちょっ、おまっ――」
驚きのあまり言葉が出てこない俺を見て、多慈美は笑いながら言った。
「あははっ!ごめんごめん、驚かせちゃったかな? 実は服忘れちゃってさ」
リビング通らずに自分の部屋に行ってくれ、と心の中で思いながらも平静を装って答える。
「……とりあえず服を着てくれ、目のやり場に困る……」
視線を逸らしながら言うと、多慈美はいたずらっぽい笑みを浮かべながら答えた。
「ふふっ、もしかして照れてるの?」
「違う!」
間髪入れずに否定すると多慈美は冗談よ、と言いながら笑った。そんなやり取りをしながら食事を終えた後、俺達は家を出ることにした。
今日の目的は俺の装備を整えること。
街の商店が並ぶ通りへ向かう俺は目を疑った。
日が沈んだ暗い中で通ったことしかないため分からなかったが、レンガ造りの家々が立ち並び煙突からは白煙が出ている。
商店が並ぶ通りへ出ると、気体が勢いよく噴出する音、金属同士がぶつかり合う音といった産業の息吹を感じることができた。
(なんだろう、とても懐かしいような――)
感傷に浸ってると多慈美の声に現実へと引き戻される。
「まずは雑貨屋に行くわ」
街を東西に抜ける大通りと、南北に抜ける大通り、それぞれが交差する地点の角地、おそらく街一番の賑わいを見せるであろう土地にお目当ての雑貨屋はあった。
「アイテムや素材の品揃えはここが一番良いから、とりあえず困ったらここに来るのが一番よ」
そういうと多慈美は俺の手を引いて雑貨屋の中に入る。
所狭しと天井まで並べられたアイテムや素材の数々、これらを倒さないように気を使いつつ、俺たちは店の奥のカウンターまで進んだ。
「いらっしゃい! って多慈美の嬢ちゃんか」
年齢40代くらいの半袖短パンのおじさんが話しかけてくる。
きっと普段からアイテムの出し入れを数多く行っているのだろう、半袖によって露になった、両腕の筋肉が目立つ、きっとこの店の店主なのだろう。
「『嬢ちゃんはやめて』っていつも言ってるでしょ!」
「いやぁすまんすまん! おや? こちらは」
笑いながら店主は俺の方を見る。
「初めまして、俺はアキツグ、この街に最近きました。職業は『魔術工学師見習い』です」
「そうか、見ない顔だと思ったわけだ、俺はザッカバーグ、この店『ザッカーズ』の店主をしている」
よろしく、と差し出された手を握り俺たちは挨拶を交わす。
「ところで『魔術工学師』とは珍しいな! 何を作ってるんだ?」
「それが……」
俺は答え辛そうに目をそらすと、隣にいる多慈美が代わりに答えてくれた。
「アキツグはまだレベル2で『見習い』なの、だからまだ何も生産できないけど……きっと凄い物を作るわ!」
「そうかそうか! それは期待しているぞ、『魔術工学師はお金にならない』って辞める人も多いからなぁ」
「今からその『お金にならない職業』になろうとしている人の前で、そういうこと言わないの!」
「おう、そうだったな悪かった。んで、今日は何しに来たんだ?」
「これを買い取って欲しいのよ」
そういうと多慈美は机の上に、昨日倒したスライムが遺した『スライムの涙』、これが目一杯詰った瓶を3本並べた。
「『スライムの涙』だね、ちょっと待っててくれ」
ザッカバーグはそういうと机の中から羊皮紙を取り出すと、『スライムの涙』を探し始めた。
「もうすぐ在庫もなくなりそうだな、いつもなら瓶3本で銀貨9枚の900Gなんだが」
ザッカバーグはそう言って少し悩んだような素振りを見せると
「新しいお客さんも連れてきてくれたことだし、おまけして銀貨10枚にしよう、どうだい?」
「もちろんそれで良いわ、むしろ大歓迎よ!」
「それじゃ、交渉成立さ」
ザッカバーグは足元の袋から銀貨10枚取り出すと多慈美に渡した。
ありがとう、と多慈美が受け取ると俺たちは店を後にしようとするとザッカバーグに引き留められる。
「このお金で武器をアキツグ君の武器を買うなら、通りを進んだところにある魔術工学師の店なんてどうだ?」
「同じ魔術工学師なら扱いやすい武器も置いてあるだろう」
そういうとザッカバーグは俺たちと共にザッカーズの入り口まで出ると、あそこ、と店の場所を教えてくれた。
「襲われて奪われないようにするんだぞ」
「大丈夫よ、アキツグは強いから!」
(多慈美の方が強いだろ!)
と心の中で突っ込みを入れながら大通りを進んだ。
ザッカバーグが教えてくれた建物は、煙突から勢いよく白煙を噴出させ、巨大な鉄の輪が回転し続けている魔術工学師の店であった。
ガラス窓越しから見ると店内には多くの客がひしめき合っているように見えた。
中にはハルの街を拠点に活動しているらしき冒険者の姿も多く見受けられた。
彼らは自分の武器の点検をしているようだった。
店の前には行列ができていたので並びながら観察していると店主らしき人物が俺達に気づいたようで近づいてきた。
「いらっしゃいませ、何か御用でしょうか?」
店主は笑顔で話しかけてくる。どうやら客だと勘違いしているようだ。
(勘違いされてるけど大丈夫なのか?)
そう思い多慈美の方を見ると、彼女は特に気にすることなく店主と話し込んでいた。
「はい、新しい武器を買おうと思いまして」
「そうですか、それではこちらへどうぞ」
そう言うと店主は俺と多慈美を店内へと案内した。
しばらく歩くとカウンターに案内された。
「こちらに座ってお待ちください」
椅子に座ろうとする俺を静止して、多慈美はなぜか椅子に座ってしまった。
(えっ、俺は立つの?)
戸惑っている俺をよそに、カウンター越しから店主は何やら羊皮紙を取り出し始めた。それが終わるとこちらを向く。そして話を始めた。
「まずはお客様のレベルをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
質問の意図が分からずにいると、椅子に座った多慈美の声が横から割り込んできた。
「レベルと職業によって購入できるものが変わるのよ」
なるほど、そういうことだったのか――納得しつつ返答する。
「私はまだ『レベル2』で『魔術工学師見習い』なんです……」
それを聞いた店主は、笑顔になり説明を続けた。
「それは大変失礼しました、見習いとはいえ魔術工学師ですものね、見習いでも武器を購入することは可能ですよ、見習い武器であれば値段もお手頃ですしね」
そう言いながら、今度は白紙の羊皮紙を取り出すと、羽根ペンと一緒に手渡してきた。どうやらここに名前を書いてほしいようだ。言われるがまま氏名を書くと、今度は金額の説明が始まった。店主は丁寧に説明をしてくれるのだが、俺の頭の中はすでにパンク寸前だった。
(この羊皮紙にはいったい何人の個人情報が載っているんだ!?)
「こちらが今回お渡しできる武具の一覧となります」
そんなことを考えている間にいつの間にか話が進んでいたらしく、紙を手渡される。渡された紙を見ると一覧表のようなものだった。そこに書かれている武器名とその性能について一通りの説明を受けることになった。
「――といった感じですね、なにか気になるものはございますか?」
店主の言葉に慌てて答える。
「い、いえ……よく分かりませんでした……」
そう伝えると少し考えたのち再び話し始めた。
「では私がおすすめさせて頂く商品はいかがでしょう?」
「そ、それでお願いします」
俺がそう言うと、店主はカウンター下から一つの箱を取り出した。
蓋を開けると一本の棒が出てきた。全体的に重厚感があり銀色の装飾が施され、先端と持ち手の先は丸く加工され、内側に角ばった穴があいていた。
「こちらは魔術工学師見習いであれば必ず使うアイテムをモチーフにした杖となります。」
杖を手に取ると、俺はそれをじっくりと見渡した。
見た目と同じく重さが腕に伝わる、鈍器としても使えそうだ。
「日常の生産現場でもフィールドやダンジョン用の武器としてもおすすめです。」
物珍しそうに隣で聞いていた多慈美が、立ち上がって杖を見ると質問する。
「なんて名前の武器なの?」
「――『メガネレンチ』です」
その答えを聞いて二人は唖然とした――いや俺だけがそうなのかも知れないが――なぜならその名前は明らかにおかしかったからだ。
心の中でツッコミながらも一応確認することにする。
「えっと……ちなみにどんな意味があるのですか?」
俺の言葉に店主は答えた。
「えっと古代の遺跡から発掘された石板に、こちらの武器と似た形状の絵が描いてありまして」
「石板には『メガネレンチ』と記載されていたことから、その名を採用したという逸話がございます」
俺はその話を聞いて頭を抱えてしまった。
なぜこんな訳の分からない武器が存在しているのか、理解に苦しむところではあるが、自らの記憶が欠如している現状では、この世界での常識なのだと思い受け入れることにした。
記憶を失う前の俺はこれを当たり前のように受け入れていたのであろう。
――しかしこの形状にメガネレンチという単語、何か引っかかる。
そんな俺を尻目に、店主の話は続く。
「しかしこれ以外にもまだまだ種類があるのですよ! 例えば『メガネバインド』『メガネクロスボウ』とか! いやもうほんとに凄いんですよ!」
「ちょっと落ち着いてくださいよ……」
興奮気味になっている店主に対し、多慈美は少し引いた様子で呟いた。すると店主は再び語り出す。
「おっと、失礼致しました、久しぶりに私と同じ職業の方が現れたのでつい熱くなってしまいました……さて、お買い求めになる武器は決まりましたか?」
そう言って店主が話を戻した時、俺の視線は一点に集中した。
(これは……)
手に取った杖を見ていると、自然と口元が緩んでしまうのを感じた。
それを見ていた多慈美が言った。
「あっ、それがいいんですね、なんか変わった形の杖だからどうかと思ったんですけど……」
多慈美は俺が手に持っているものが杖であることを疑い深く、念押しするように俺に言った。
確かに彼女の言うように他の武器に比べて異様な形状であることは間違いなかった。一見しただけではこれが杖だとわかる人間はいないだろう。むしろ棍棒だと言われた方がしっくり来るような形をしていた。
しかしこれこそが俺の求めていたものだ――直感的にそう感じた。見た目こそ禍々しいものだったが、不思議と手に馴染む感触があったのだ。それになにより名前が良かった――俺の心をくすぐるような名前である。
「大丈夫だと思うよ、きっと」
確信めいた表情で言うと多慈美は少しだけ困った表情をしたが、その後納得したようで店主の方に向き直った。そして改めて話しかける。
「この杖にするわ!」
その言葉に店主は満面の笑みを浮かべながら言った。
「ありがとうございます! それではこちらにご記入いただけますか?」
差し出された書類には購入理由と支払方法、そして現在のステータス情報などが書かれていた。俺はそれを一通り読むと、必要事項を記載していく。全て書き終えると最後に署名をする欄があったのでそのままサインをした。
それを見ていた店主は笑顔でこう言った。
「それでは代金として銀貨5枚になります」
いきなり言われた金額の大きさに俺は戸惑うが、隣にいた多慈美は表情を変えず、袋から銀貨を取り出すと店主に渡した。
「あ、後で返すよ」
「別にいらないわ」
「えっ」
「私のお金で買ったんだから返さなくていいってことよ」
「そ、そうなのか……」
「うん」
「そうか……ありがとう」
「どういたしまして」
そんなことをしていると店主は支払いの確認作業を終え、カウンター下から一枚の羊皮紙を取り出した。
どうやら先程のリストのようだ。
店主はメガネレンチを皮の袋に包むと、俺に差し出した。
それを受け取ると同時に多慈美が声をかける。
「わざわざ丁寧にありがとうございました」
そして俺達は店を後にすることにした。
(よしっ!これでとりあえず武器の方は何とかなりそうだな!)
そんなことを考えていると多慈美に話しかけられた。
「ねえアキツグ、お腹空かない?」
言われてから急に空腹感に襲われた。考えてみれば朝食を取って以来何も食べていないのである。
俺は頷き答えた。
「言われてみれば腹が減ったかも」
それを聞いた多慈美は嬉しそうな表情を浮かべ、続けて話し始めた。
「それならせっかくだしお昼ご飯食べてから行きましょ!」
「そうだね」
そうして話を終えると俺たちは商店が並ぶ通りから少し外れ、大通りへと出た。
「この辺には美味しいお店がたくさんあるんだー」
そんな会話をしながら歩いていると前方に大きな建造物が見えてきた。
入り口には看板が掛けられているようで、何やら文字が書いてあるようだった。
どうやら飲食店のようである。
その店の前までたどり着くと多慈美は振り返り話しかけてきた。
「ここで食べようと思うんだけど、いいかしら?」
「いいよ、というかここってなんの店なんだ?」
疑問を投げかける俺を見て多慈美は笑いながら言った。
「ここは食堂よ、いろんな種類の料理があって美味しいのよ、もちろんお酒もあるわよ」
その言葉に驚きながらも俺は尋ねた。
「へぇーこんな街中にも食堂なんてあるんだな、すごいなこの街は」
そう言うと、今度は多慈美が質問してくる。
「アキツグはどんな食べ物が好きなの?」
そう言われて少し考えるも答えはすぐに決まった。
そもそも好き嫌いが無いからである。
だがそれを答える前に、俺は朝食べたものの味を思い出しながら答えた。
「そうだなぁ……さっき食ったスープとかかな……」
それを聞いて彼女は少し嬉しそうにしながら言う。
「そうなんだ! 実は私もスープ好きなの! 特にここの『ミネストローネ』が一番美味しいのよ!」
そう言いながら多慈美は店の入り口へ歩き始める。そんな彼女を追いかけるようにして俺も歩き出した。
「いらっしゃいませー」
扉を開けると同時に元気な声が響き渡る。どうやら店員のようだ。店内を見渡すと、昼時ということもありそれなりに混んでいた。そんな中で空いていたのは、入口から見て右手側にある二人用のテーブル席だけだった。
そこでメニュー表を見て驚いた――想像以上に多くの料理があるのである。しかしどれが何という料理なのかさっぱりわからない。悩んでいるうちに多慈美が口を開いた。
「じゃあ私はいつものやつにしようかなー」
「えっと……それってどれのことだ?」
「え、ミネストローネのことだけど……」
「……同じので頼む」
俺がそう言うと、店員さんを呼んで料理を注文する多慈美。
その手際の良さから慣れていることが伺えた。
しばらくして、頼んだものが運ばれてきたので口に運ぶことにした――するとその瞬間衝撃が走る。
それはとても美味かった――いや言葉を失うほど美味かった。
こんなに美味いものがあったのかと思う程である。
そんな俺を察してか、多慈美が話しかけてきた。
「やっぱりね! おいしいでしょ!」
「うん、めっちゃうまいよ!」
そう答えて再び食事に集中する俺だったが、そんな様子を見ていた多慈美は、満足そうな表情をしながら言った。
「気に入ってくれてよかった! ここの料理本当に美味しいよね!」
その言葉に俺は素直に頷く。その後も会話を続けながらも食事を楽しんだ。
「――ところでさ、これから行く『シュゴイ防具店』ってどんなとこなんだ? なんか名前からして強そうなイメージなんだけど」
俺はふと気になったことを口にした。それに対し多慈美は説明を始めた。
「んーそうね、一言で言うと戦闘に特化した防具屋って感じかなぁ……普段使いの服とかは売ってないわね」
「なるほど……」
「まあ行けばわかるわよ」
「それもそうだな……」
そうこうしているうちに二人とも完食した。そして会計を済ませると、次の目的地に向かうため街の中心部へ向かって歩き始めた。
しばらく歩くと、一際目立つ建物が見えてきた。
他と比べて明らかに規模が大きく、建物の造りも頑丈そうである。
入口の扉の上には大きな看板が掲げられており、そこには『シュゴイ防具店』の文字が見えた。
恐らくここが目的の場所なのだろう。
中に入ると受付のような場所に女性が座っていた。
俺達の姿を確認すると立ち上がり声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」
それに対して多慈美が答える。
「こちら男性用の装備を見繕ってほしいのですが」
そう言って俺の方を向く。それを見て女性も理解した様子で返事をする。
「かしこまりました、ではこちらへどうぞ」
案内されたのは小さな個室だった。女性はそこに置いてあった椅子に腰掛けるよう促すと、テーブルの向かい側に座った。そして口を開く。
「では改めまして、私、シュゴイ防具店の店主、管織葉と申します、以後お見知りおきを」
頭を下げる女性につられて俺も頭を下げる。
一礼した後に尋ねた。
「あの、それでどういったものを選べばいいのか全然わからなくて……」
俺がそう言うと、織葉は少し微笑みながら答えた。
「そうですね……まずはステータスカードを見せていただけますか?」
(なるほど……魔術工学師の店と同じようにステータスの確認だな……)
そう察した俺はステータスカードをテーブルの上に置いた。
織葉はそのステータスカードを手に取るとじっくりと観察し始める。
時折メモを取りながら確認していた――やがて全てに目を通し終わると口を開いた。
「はい、ありがとうございます……それではいくつか質問をさせていただきますね」
「お願いします」
俺は頷いた。すると織葉はゆっくりと話し始めた。
「まずレベルについてですが――」
そこからは基本的な内容の確認だった。
俺の知識通りの内容だったのであまり質問はなかったのだが、一点だけ不可解な点があった。
それが職業の欄である。俺の知っている限り俺の職は魔術工学師見習いのはずである――しかし何故か、『魔術工学師』となっていたのだ。
確かに俺の職業欄はそうなっている――どういうことだろうか?
「『魔術工学師見習い』だったはずなのに、職業が『魔術工学師』になってるんだが、そんなもんなのか?」
「そんなことないわ、昨日の金策でいきなり『脱見習い』するはずがないわ、ステータスカード更新した後確認した?」
「……してません」
はぁ、と多慈美は隣で呆れた顔をする。
「そういうのはその場で確認して、分からなければギルドに聞くのが一番よ」
「レベル2で『見習い卒業』とは……私も聞いたことがございませんね……」
そう言うと、織葉は再び考え込み始めた。それから少しの間沈黙が続くと、何かを閃いたように話し出した。
「わかりました! おまかせください! 当店にお任せいただければきっと良い物が見つかるはずです!」そして続けて、
「それでですね、もしよろしければ採寸等したいのでこちらに足を運んでいただけるとありがたいんですが……」
「えっと……」少し考えてから答えた。
「どうする多慈美?」
「せっかくだしお願いしようよ、採寸は無料なんでしょ?」
多慈美はそう言って笑った。その表情を見た店主の織葉も嬉しそうに答える。
「もちろんでございます。」
俺達は織葉に連れられ店の奥へと向かった。
そして店の奥にある仕切られた小部屋に入ると、早速計測が始まった。
どうやらここで様々な箇所のサイズを測るらしい。
まずは身長、次に肩幅、腰回りなど――俺は言われるがままに体を動かした。
その間、店主はずっとニコニコしている。
俺はなんだか少し気恥ずかしくなったので尋ねてみた。
「あのー……何か楽しいですか?」
「あっ!いえ……そんなことはありませんよ、ただ嬉しくてつい顔に出てしまいました……ごめんなさい」
「そうですか……」
そんな話をしている間に計測が終わったようだった。織葉は俺に告げる。
「お疲れ様でした!これで終了です、お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
「こちらこそわざわざありがとうございました」
そう言って部屋を出る間際に多慈美が織葉に言った。
「そうだ! 聞きたいんですけど、見繕っていただく防具はどのくらいの価格になりますか?」
それを聞いた織葉は笑顔で答える。
「お金でしたらお代はいただきませんよ! 何せ大切なお客様ですので!」
それを聞いた俺は少し申し訳ない気持ちになった。
なぜなら自分の命に関わるようなものである、タダで作ってもらうのはあまり気分の良いものではないからだ。
なので、一応断ってみることにする。
「でもそれだと悪いですよ」
「いえいえ気になさらないでください、それに私個人的に興味があるのです、レベル2で『見習いを卒業』されたあなたに!」
そんな話を聞いて、ますます申し訳なくなった俺はもう一度断った。
「それでもやっぱりダメですよ、さすがにそこまで甘えるわけにはいかないので」
(本当は無料で作ってくれるのはかなり嬉しいんだけど)
俺が断わると多慈美が言った。
「ねえアキツグ、ここは好意を受け取っておきましょうよ、私達にはお金がないんだからさ」
その言葉を聞いた織葉は嬉しそうに言った。
「それなら遠慮なさらず、ぜひとも受け取ってください! そのかわりまた是非いらしてくださいね!」
「まだまだ駆け出しだから、飾りがついた『超』がつくほどの高級品じゃなくて、防御性能がそこそこの良さそうなやつで、お願いします!」
多慈美が無料で見繕ってくれる防具に注文を付ける。
「アキツグ様のステータスは存じあげておりますので、お任せください!」
ここまで来ては何も言えないと悟った俺は、お礼を言ってその場を後にした。
その後、店を出た俺たちは目的もなく大通りを歩く。
日は傾きかけていたが、一日の終わりというには早すぎる時間だった。
「この後はどうする?」
「そうね……夜ご飯や明日以降の準備でも良いけど……」
そう言って多慈美は考え込む。
「明日のやることも決まってないからギルドにいきましょう! もしかしたら良い仕事があるかも!」
(もしかしたらレベルとランク上げにちょうどいい依頼があるかもしれない)
そう思うと多慈美の意見を断る理由はどこにもなく、俺たちは自然とギルドに向けて歩みを進めるのであった。
ギルドへ到着すると俺たちは早速依頼書が張り出された掲示板へと向かう。
ランクEの向けの依頼書を探していると、1つの依頼が目に留まった。
じっくり眺めていると、
「何読んでるの?」
と横から多慈美に依頼書を取り上げられてしまった。
「なになに……『アイテム回収、対象:木材30本もしくは炎石1個』普通の依頼書じゃない。これがどうしたの?」
「炎石ならザッカーズで買えば良いし、すぐ達成できそうだなって――」
「そんなわけないでしょ、ここの報酬額見てみなさいよ」
多慈美が指をさした所に記載された報酬額は5000Gだった。
「炎石はザッカーズで4000Gくらいで買取される貴重なアイテムなのよ! 売値は5000Gを越えるからザッカーズで買って売るのは孫しかしないわ」
「『炎石を手に入れたけど余ってる』とか、『自力で木を切って製材できる』っていう余力のある人が受ける依頼よ。やることは簡単だからEにあるけど、実質DやCクラス依頼なのよ」
と言いながら多慈美は依頼書を掲示板に戻した。
「今の私たち、とくにアキツグが成長できるような依頼を探さないとね」
「そっか……わかった」
そう言うと再び掲示板を眺めた。
すると今度は多慈美が探す手を止め、取り出したものがあった。
「これなんてどうかしら?」
多慈美が手に取った依頼書を見ると、そこにはこう書かれていた。
『街の清掃、場所:ハルの街周辺、条件:レベル1以上、人数:2名』
「うん、いいんじゃないか? レベルもちょうどいいし、すぐ終わるだろう」
「それじゃ、これにしましょう」
そう言うと俺達は受付へと向かった。
「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」
そう聞かれたので、俺が答える。
「依頼を受けに来たんですが」
俺は街清掃の依頼書を受付嬢へ提出する。
「かしこまりましたアキツグさんと多慈美さんなので問題ありませんが、規則ですのでこちらの書類に必要事項をお書きください」
渡された紙に名前と年齢、性別、職業、レベルを書き込んだ。
「はい、結構です、ではこちらが今回の依頼内容となります」
そう言って受付嬢は一枚の紙を手渡してきた。
俺はそれを受け取り目を通す。
「えっと……西の門周辺の清掃……ですか?」
「はい、この街は綺麗ですが、それでもゴミがたまってしまうものでして……」
「それで、定期的に掃除を行っているんですが、なかなか人手が足りず……」
「なるほど……それでギルドへ依頼が?」
「はい、明日までの期限ですが、回収したゴミの量に応じて報酬が変わりますので、時間がありましたらよろしくお願いいたします」
「そうですか……わかりました、やってみます」
「こちらが地図になります、どうぞよろしくお願いいたします」
俺はその地図を受け取った。
「はい、それでは行ってきます」
「はいっ! お気をつけて!」
こうして俺達は依頼を受けることになった。
「さてと、それじゃあ早速向かいましょうか」
俺達は目的地へと歩き始めた。
俺達が向かったのは、街の西側の入り口にある巨大な門だった。
門周辺は広場のようになっていて、ここで商人の荷物は一度確認が行れるそうだ。
どうやらここが目的のようだ。
そこでは既に何人か作業しているようだった。おそらくこの人達も同じ依頼を受けた人たちだろう。
門の前にはギルドの職員らしき男性が立っていた。
「きっとあの人に話をして、依頼を始めるのね」
そういうと多慈美はギルドの職員の元へ走った。
俺も急いで後を追う。
「――というわけでゴミを集め終わったら、俺のところまで持ってきてくれ、ゴミはここに入れてくれ」
「ええ、分かったわ」
途中からしか聞けなかったが、ゴミはギルドの職員のところへ持っていけば良いらしく、入れるための袋を手渡された。
俺達は挨拶をしながら仕事を始めた。
清掃は街の外側の草むらを担当することになった。
落ち葉や枯れ木、街に入るときに何らかの理由で持ち込めなかった物品など、大小さまざまな物が落ちていた。
それから一時間程経った頃だろうか――辺り一帯はすっかり綺麗になっていた。
俺の袋は満杯となり、ギルド職員のところへ戻ることにした。
多慈美とは別行動だが、ゴミ収集できているだろうか。
街の方へ戻ろうとしたその時、俺の目の前に突然一匹のゴブリンが現れた。
俺は思わず尻もちをつく。とっさの事に体が反応できなかった。
(なんとかしないと……)
俺は手のひらを前に出し炎熱を念ずるが何も出てこない。
そんな俺を見たのか、目の前のゴブリンが棍棒を振り上げ襲い掛かってきた。
(やばい……殺される……)
そう思った瞬間だった。
突如現れた何者かによって、目の前のゴブリンは吹き飛ばされたのだ。
その人物は俺と同い年くらいの少年のようだった。彼は俺に手を差し伸べながら言う。
「大丈夫?」
その言葉に頷くことしかできない俺に少年は続ける。
「よかった! 立てるかい?」
そう言いながら俺の手を引き、立ち上がらせてくれた。そして俺は礼を言う。
「ありがとう……」
そして俺は少年の手を借りて立ち上がった。
俺は助けてくれた彼を見る。
彼の髪は茶髪で短めで整えられ、顔つきは少し幼さを感じるものの整った顔立ちをしていた。
身長は170cmくらいだろうか、年齢は自分より少し下に見える。
体格はやや細めだが鍛えられた体つきをしているのがわかった。
服装は動きやすそうな革製の防具を身に着けており、右手には大きな剣を持ち、背には盾を背負っていた。
彼が誰なのか気になった俺は尋ねることにした。
「あのー……君は……?」
彼は笑顔で答えた。
「ああ、僕はカケルって言います! よろしくね!」
それを聞いて俺は自分も自己紹介をする事にした。
「俺はアキツグです、よろしくお願いします」
お互い軽く会釈をして話を続ける
「おーい! アキツグ!大丈夫?」
遠くから多慈美の声が聞こえる。
彼女はこちらに駆け寄ってくるなり言った。
「ちょっとあんた何やってんのよ!」
そんな様子を見ていたカケルが言う。
「あはは……なんだか迷惑かけちゃったみたいだね……ごめんよ」
そんな彼を見てアキツグは言う。
「いや、別に大丈夫だよ」
それを聞いたカケルは言った。
「それなら良かった!じゃあまたね!」
そう言って走り去ってしまったのだった。
(一体なんだったんだ……?)
(それにしてもかっこよかったなぁ、俺もあんな風になれたらいいな)
そんなことを思いながら、アキツグは多慈美と共に帰路についた。
その夜のこと、食事を済ませた後のことだった。
食器を片付けていると、ふいに声をかけられた。振り向くとそこにいたのは多慈美だ。その顔はとても真剣な面持ちだったので少し身構える。
「あのさ……私ずっと思ってたんだけど……」
彼女はそのまま言葉を続ける。
「……私達このままじゃまずいと思うんだ!」
その言葉を聞いて思った事を口にする。
「……何が?」
その言葉を聞いた多慈美は呆れた様子で続けた。
「……はぁ~、これだから困るんだよねぇ~」
俺は少しムッとして返す。
「……どういうことだよ」
しかしそんな俺の言葉は無視してさらに彼女は続ける。
そして衝撃的なことを口にしたのだ。
「まず第一にレベル上げ! 今のままだとダンジョンまで辿り着く前に死ぬわよ? それに私達は装備だって全然そろってないし……もっと強くならないといけないの!」
「俺だって戦闘で役に立ちたくて努力してるさ! まだ出会って4日しかたってないんだぞ! もう少し待ってくれても――」
彼女の目はまっすぐ俺を見据えている。俺はその目に吸い込まれるように言葉を発することが出来なかった。
するといきなり彼女は俺に背を向け歩き出した。
数歩進んだところで立ち止まり、背を向けたまま彼女は言った。
「私がアキツグの記憶を■■■から……」
何を言ったか詳しく聞き取れなかったが、その声はいつもより低く感じた。
そしてどこか震えているようにも思えた。
それは怒りか、はたまた悲しみか、いずれにせよ彼女にとって良くない感情であることは間違いないようだ。
しかし、返事はなかった。その代わり、ただ一言、呟くように言ったのである。
「一緒に来て」
と……
彼女は歩き出す、前に向かって一歩ずつ歩みを進めてゆく。その表情は分からないが、先程より声が震えていなかったので、少しは落ち着いたのだろうかと思った俺は、その後を追っていった。
(いったいどこに行くつもりなんだ……?)
そんなことを考えながら歩いて行くと、不意に彼女は足を止めた。そこは街の外れにある小さな湖だった。月明りに照らされた水面が美しく輝いている。
(なぜこんなところに?)
そんなことを考えていると、彼女が振り返り話しかけてきた。
表情は見えない。
声はやはり震えていたが、先程よりは落ち着きを取り戻しているようだった。
ゆっくりと話しだす。
そんな彼女から発せられた言葉は予想していなかったものだった――彼女は俺に告げたのだ。
――自分の本当の職業は勇者だと―――
そして彼女はこの世界について説明すると言った。
俺は黙って聞くことにする。
曰く、この世界にはかつて魔王が存在したらしい。
人々は魔物の脅威にさらされながらも必死に生きようとしていたそうだ。
そこに現れたのは一人の青年だったという。青年は瞬く間に人々の希望となり、人々を率いて魔王討伐の旅へと旅立ったという。
その青年はいつしか勇者と呼ばれ、世界を救う英雄となった。それが今から1000年前の出来事だという。
そしてその戦いの末に世界は平和になったのだと――そんな話を聞きながらも、俺は一つの疑問を抱いていた。
「それじゃどうして多慈美が勇者に?」
すると多慈美は、両親から聞いたんだけどね、と前置きを入れつつ、
「世界には再び魔王が現れようとしているらしくて、私には特別な力があるらしいの」
「私はかつての世界を救った勇者の末裔らしくて、勇者の血を受け継ぐものには不思議な力が宿るそうなの」
「それってどんな能力なんだ?」
「それは……今は言えないわ」
いきなり多慈美が勇者と言われても実感がわかなかった。
不思議な能力があるって言われても信用できなかった。
仮に多慈美が勇者だったとしても、どうしても納得できないことがあった――そう、何故自分なのかということだ。
俺はレベル2だし、戦闘もできないに等しい、だからこそ尋ねた、どうして俺と行動するのかと。
すると多慈美は答えた。
「貴方と一緒に居たいから」
その言葉に嘘偽りはないのだろうと思う、なぜなら彼女の顔を見ればわかるからだ。
その瞳からは強い意志を感じたのだから。
きっとこれは冗談でもなんでもないのだと思うと同時に嬉しくもあった。
こんな自分でも必要とされているんだということが分かり安心したのかもしれない。
「ありがとう、だけど俺はまだ多慈美が勇者だって信じられない……でも――」
だから俺は素直に感謝した。
一緒に依頼を受けてくれたこと、俺の為に行動してくれたことに対して、心からのお礼を言って頭を下げた。
「それでも依頼を手伝ってくれた事実に代わりはない、俺は多慈美に恩を返したいと思ってる。だから……」
「そうね、いきなりこんなこと言ってごめんなさい。それに、あなたのペースも考えないと、成長するところも成長しないわね……」
目を伏せていた多慈美は顔を上げると俺に言った。
「今日は帰って寝ましょ! 明日は明日の依頼があるわ」
多慈美は俺の隣と通り過ぎ、一人足早に家へと戻っていった。
俺も多慈美の後に続く。
俺たちはその後、お互いに会話をすることなく部屋に戻った。
アキツグの冒険者生活四日目はこうして幕を下ろした――
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